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寝耳に水とはこのことだった。貴吉もお花も猛烈に抗議したが村長も譲らない。
この地位は他の獣やときには人間とも交渉ごとを行う必要があり、村長の子が雄であれば雌の、雌であれば雄のなかから最も変化の術に優れたものが村長の子と婚姻を結んで跡を継ぐ仕来りなのだと。
「俺は別に村長になどならなくてもよいのに」
村のなかでの地位になど興味はない。ただお花と添い遂げたいだけなのに、村長にならねばそれも許されない。そして、変化の術は貴吉が唯一苦手としているものだ。
一方で次郎作は当然張り切っていた。村の若い狸で自分ほど変化の術に長けた者など存在しないと知っているからだ。
他のなにかであれば貴吉のほうが上かもしれない。だが変化の術だけは別だ。
確かにさすがは貴吉と言うべきか多彩な変化を操りこそするが、どの様な変化も耳と尻尾が隠せないのではなんの意味もない。
お花の心が自分に向くことはもうないだろうと次郎作も頭ではわかっていたが、それでも、想う相手と夫婦になれる千載一遇の好機に心が躍るのは抑えられなかった。
「貴吉……」
お花がその手をそっと彼と重ね合わせた。
今は秋。これから訪れる冬。そして次に暖かくなれば新しい村長を決めなくてはならない。
狸は冬眠をしない獣だが、それでも今まで幾年月の間克服出来なかったものをどうにかするには、残された時間が長いとは決して言えなかった。
「大丈夫、きっと……いや、必ず、なんとかするから」
手のひらを合わせて指を絡ませる。美しい造形、精細な動き。変化の術は過たず使いこなせているはずなのに何故耳と尻尾が残ったままになるのか。
なんの手掛かりも得られないまま、訪れた冬は山を白く染め上げた。
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