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その夜、集められた若い狸たちは村長の前で思い思いに変化の術を披露していた。
変化こそ成しえているが妙に歪な姿の者、着物の作り込みが不自然な者、誰も彼もが若く経験の少ない狸であったので完璧には程遠く、その様子はもし人間が見たら妖怪変化の類いだと震え上がるに違いない異様な光景だ。
それでもやはり一匹、次郎作の変化はなかなか見られるものだった。
侍のような羽織袴に二刀を佩いて、髷まで綺麗に結われている。少々ずんぐりむっくりとした姿ではあるが個人差の範囲と言い切れなくもない、人間の街に紛れ込んでも凡そ違和感は無いだろう。
「やはり次郎作か……」
村長の呟きにお花は涙を浮かべ次郎作は勝利を確信する。
だがそのとき。ふわりと軽い足取りでその場に闖入した者があった。
「お待ちを村長」
それは着流しの美丈夫だった。整った目鼻立ちに美しい手指。長い艶やかな髪は鴉の濡れ羽色。落ち着いた姿はどこかの大店の若旦那といった風格だ。
「貴吉です。遅れて申し訳ない」
その場にいた全員が目を見張った。狸の耳と尻尾が無いのである。
であれば誰が彼に敵うというのか。次郎作と比べても誰もが貴吉に軍配を上げざるを得ないだろう、非の打ちどころが無い完璧な変化の術だ。
「貴吉……来て、くれたのね……」
「そうか、貴吉か。完全な変化の術をものにしたのだな。であれば……」
お花と村長が口々に言うのを、しかし次郎作が遮った。
「待たれよ村長。貴吉、何故変化した姿で現れた」
「どういう意味かな」
「お前は人間の姿で現れた、ここで変化したわけではない。つまりお前が貴吉であると確認した者はここにはいない」
次郎作の指摘に村長が目を細めて貴吉を見据える。
「替え玉かもしれぬと、そう言いたいのだな」
「その通り。違うと言うのであればそこで変化の術を解いてみせよ。替え玉でないなら出来るであろう」
場が緊張に包まれる。
まさか、貴吉ほどの者が新しい村長を決める場で不正を働いたというのか。
しかし貴吉は迷いなく頷いた。
「ここに人間の姿で来たのは、狸の姿では先に要らぬ混乱を招くと思ったからなのです。今変化の術を解きますのでとくとご覧あられよ」
貴吉は頭を撫で上げ木の葉を取り去って狸へと戻る。その姿に全員が息を呑んだ。
耳が、尻尾が、無いのだ。
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