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昔々の山奥に、小さな狸の村があった。
この頃に生きていた狐狸の類いと言えばひとを化かすと相場が決まっている。その村の狸たちも総じて知恵が回り、山に入ったひとを化かし、ときには取引をしたり、絆を育むこともあったという。
「お花よ、最近貴吉と仲がよいのか?」
ある日、村長の老狸が娘に声を掛けた。
貴吉とは村の若い狸のなかでも飛び抜けて美しい狸の名だ。姿だけでなく動きも機敏で、おまけに知恵も回る。
「え。ええ、そうよお父」
「そうか……わしは次郎作などもよい雄だと思うのだが、どうだ?」
次郎作もまたおなじ世代の若い狸で、体格が大きく貴吉ほどではないがやはり知恵者だ。
「彼は嫌いとまでは言わないけれど、いつまでも子どもっぽさが抜けなくて好みじゃないわ」
「そ、そうか……」
確かに次郎作は幼い頃からガキ大将気質で面倒見はいいものの、少々乱暴でくだらない悪戯をいつまでも止められないような稚気もあった。
村長としては狸たるものそういった心も忘れてはならないと思うが、当のお花から「好みじゃない」と言われてはなかなかに厳しい。
「ちょっと出掛けてくるわ」
「……ああ、気を付けてな」
去り際、お花の表情には少し険があった。村長がなにを言わんとしているのか理解しているからこそだろう。
父親としては娘の思うようにしてやりたい気持ちもある。しかし彼女を娶るものが次の村長になるという仕来りがある以上、立場上そうとばかりも言っていられないのだ。
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