Make Believe

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「お客様の笑顔をこの目で見ることができる環境で働きたい。社会復帰を目指すにあたって、僕がどうしても妥協できなかったところです。このエゴを貫くには、お客様に親しんでもらえる工夫をしないといけない。そのことに気づいて、半年前から妻と準備してきたんです。僕の顔を見てください」  突拍子もない提案だったが、今この場を取り巻く不可解な事態を解明するヒントを求めているのか、2人は素直にこちらをまじまじと見てくれた。 「他の感染者と違うところが、この距離なら分かるはずです」 「……肌が綺麗だ」恰幅の良い方が小さくこぼすと「下手したら、私たちよりも」華奢な方が続いた。  気づいてもらえた。  僕はつま先から垂直に跳ね上がりそうになった。待ち合わせで容姿を褒められた女の子の気持ちを味わった気がした。 「ありがとうございます。お客様に違和感を抱かれないよう、肌のケアを徹底してきたんです。私は5年前、襲い来るゾンビから妻を庇い、爪で頬をひっかかれて感染しました。大体、このあたりです」  人差し指で右頬を丸く撫でた。円の中心を2人が凝視する。5秒ほどの沈黙ののち、2人がイスに座り直し、揃って前傾姿勢を取った。尚も指先に目を凝らしている。
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