Make Believe

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「当たり前ですが、治療費と違って化粧品は保険や元感染者支援の対象外です。僕が職を失ってから5年間、ウチは貧困に喘ぎ続けています。貯金もとっくに底をついた。本来なら、頑固に職種や勤務形態に拘っている場合じゃない。でも妻は、半年前、30社目となる不採用の通達に肩を落とす僕に—―」  音を立てて鼻をすする。視界は濃いモザイク処理をかけたように滲んでいた。 「メイクで見た目を良くすればきっと受かるよ、なんて言葉を投げかけてくれました。自分の中でも同じ考えはありました。外見を健康な人間に寄せるアプローチが必要だと。でも、言い出せなかった。化粧品を大量に使わないと成し得ない案だと分かっていましたから。メイクなんて1度もしたことのない男でも、ゾンビ映画の特殊メイクの逆をやると考えたら簡単に想像がつくことです。それを伝えても、妻は折れませんでした。自分の持つ化粧品を僕に半ば押し付けるようにして譲ると、毎朝5時からメイク術を指導してくれました。妻は自分の化粧品を買い足すことはしませんでした。そうして浮いたお金は、まだ試していない化粧品を買う費用に回してくれました。ただでさえ我慢の多い生活を強いているのに、メイクまで諦めさせた。本当にしがない夫です。だから僕は一刻も早く夢を叶えて妻に恩返しがしたい。僕のわがままに愛想を尽かさなかった妻に、自分の稼いだお金で化粧品を買ってあげたい。それに——」  そこまで言い終えて、頬に涙が伝った。頬のパウダーと混ざったそれは黒い水滴となって顎から垂れ落ちた。
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