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荒れた野から放たれた私は乾いた風に流され、苔の生えた混凝土の割れ目に挟まった。
私は水を探して根を伸ばし、固い地中を這いずりまわり、やがて痩せた土を見つけた。そこに拙い球根を生やし、か細い根を休ませた。
誰もいない孤独な暗闇。
力を蓄えると、私は光を探して小枝を伸ばし、灰色の岩肌を登りながら、やがて小さな双葉を芽吹かせた。
かすかだけど見上げた高い壁の向こうから薄青い空が望めた。
一人の少年が私を興味深そうに眺めていた。手に持っていた透明瓶の蓋を開けると、私にそっと水を注いでくれた。嬉しかった。
日が落ち始め空を雲が覆う頃、辺りを見回すと無数の人が歩く姿が見えた。しかし私の存在に気づく人は誰もいなかった。
気づくどころか、私の大切な双葉は踏み躙られ、硬い地面に散り散りになった。
翌日になり、少年が再び訪れてくれたけど、私の姿を見つけることはできなかった。
私は少年にもう一度元気な姿を見せたいと思い、ざらざらとした壁を伝いながら少しずつ枝を伸ばし、再び葉を広げた。
まだ見ぬ未来を探して、私は徐々に壁を葉で覆い、幹を太くしていった。
長い年月が過ぎた夕暮れ時、通りがかりの青年が私の前で立ちすくんでいた。
思い出したように鞄から透明瓶を取り出すと、葉に水をかけ、優しく撫でてくれた。覚えていてくれたのですね、葉に染みた雫から温かい気持ちが伝わってきた。
でも壁に張り付いた草だらけの私を不快に感じる人もいるのだろう。
酔っ払いが私の幹に手をかけると、ぐいと引っ張り、めりめりとそれを毟った。
毟りきったところで飽きたのかもしれない、だらりと垂れた枝をそのままに、どこかに行ってしまった。
ちょうどよかった、私は変わろうと思っていた。
人から蔑まれないように、甚振られないように。あの青年が喜んでくれるように。
地面から離れた私は人を真似て、手を生やし、足を伸ばした。そして壁の前にずっと佇んでいた。
秋が過ぎ、冬が訪れ、クリスマスを祝う人々に目をやりながら、青年を探した。
厚手のコートにマフラーを巻きつけた青年を見つけると、私は声をかけた。
「こんばんは、お花はいかがでしょう」
振り向いた彼は驚いた表情で立ち尽くした。
「綺麗な花ですね。あの、どこかでお会いしたことはありませんか」
そう、私は化けたのです。
春風の匂いを真似て、涼やかな芳香を放つことにした。
太陽の輝きを真似て、鮮やかな黄金色の玉で飾り、汚れなき純白の衣でそれを包むようにした。
「いえ、はじめましてです。私の名を当ててみてください」
生まれ変わった私を愛しむように見つめてくれるあなたへ。
まだ何者でもない私に称えをつけてくれませんか。
「そうですね、可憐な花を抱く素敵な女性……茉莉花さん」
ありがとう、それが私の名前です。
あなたに心からの花束を。
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