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「ベンジャミン」 最終バスに揺られながら僕は地球の反対側にいる誰かのことを考えてみる。 その人は何をしてるんだろう? 洗濯物を干しながら音楽聴いて小躍りしたりしてるんだろうか? 僕は家に着いたらまずベンジャミンにただいまと言って、ビールを冷蔵庫から取り出し、お気に入りのソファで一服する。 そう決めている。 そんな出だしから始まる柊優煇の小説は確かに中盤までダラダラしてて読んでるのが苦痛なぐらいは駄作だった。 でも中盤を過ぎてから最後まで急にジェットコースターに乗せられた気分になる。 読み終わった後、家に帰るまでずっと主人公のことを考えていた。 どうやって帰ったのか分からないほど。 モーニングを食べた後、彼は 「何て呼べばいい?」 と唐突に聞いてきた。 「え?あ、俺のこと?」 「うん。」 「好きに呼んでいいよ。まなちゃんでも、真直でもまなっちでも。」 「あいつには何て呼ばれてた?」 「まなちゃん。」 「じゃあ真直。」 「そっちこそ元カレには何て呼ばれてたの?」 「...ひぃちゃん。」 爆笑したら頭叩かれた。 「柊さん、好きです。」 爆笑したままそう告げた。 「知ってる。」 「知ってるじゃなくて、なんか返す言葉、」 「俺も好き。」 「...え?」 「一生言うつもりなかった言葉。」 「なんで?」 「トラウマかな。」 「そんなの俺だってあるよ。」 「俺はお前ほど強くないから。まぁ、でも弱くても何とかなるって思った。」 「強くなんてないよ。8日間、柊さんの家に通って本を読み漁りながら帰りを待ってたけど、8時には家を出てた。会いたかったけど会うのがずっと怖かった。これが恋になったらどうしようって思ってた。」 「え?」 「恋は終わるかもしれない。そしたら会えなくなる。会えなくなるぐらいなら恋なんてしない方がいいと思ってた。でも、柊さんの小説読んで終わった。完全に落とされた。」 「勝手に読んどいて勝手に落ちたんだ。」 「うん。そうなんだけど。」 「お互い逃げきれなかったんだな。」 「そうだね。」 「じゃあどうしよっか。この先。」 「この先ねぇ。」 「一旦持ち帰るか。」 「一旦ね。」 そう言って二人で笑った。 持ち帰ったこの先は持ち帰ったまま1年が過ぎた。 俺は柊さんと柊さんの友達2人とルームシェアすることになった。 「夏目京一です。」 「近藤那由多です。よろしく。」 二人は柊さんの大学時代の友達。 夏目さんはIT関係、近藤さんはシェフ。 一見普通に見える二人だった。 けど歓迎会で酒を汲み交わしてすぐに二人がそこそこ変人だと言うことに気付いた。 「変な奴らだけど根は真面目で優しいから。」 柊さんはそう言った。 みんなが酔い潰れて年下の俺は片付け係を仰せつかった。 ベランダに出るとちょうど日の入り。 「片付けありがとな。」 柊さんはそう言うと頭を撫でてきた。 最近のこの人の癖。 何かある度にそうする。 2つしか違わないのに子供扱いされてる気になる。 「言いそびれた。誕生日おめでとう。」 「え?」 「今日だろ?違った?」 「いや、今日だけど。そういうの覚えない人だと思ってた。」 「覚えられないからスマホのスケジュールに登録しといた。」 「別に28にもなって誕生日なんて、」 「大事だろ。お前が産まれた日なんだから。ちゃんと産まれてきてくれてありがとな。」 「なんか子供扱いされてない?俺」 「そうじゃなくてただ愛しいだけ。」 ずるい大人だな。 ちゃんと決めるとこ決めてくるの。 なにも言えなくなる。 ささやかな抵抗をしたくなる。 「柊さん。」 振り返った彼の顔を両手でガードして熱いキスをお見舞いした。 唇を離すと、 「お前どこでこんなキス覚えてきたんだ?」 と抱きつかれた。 「ねぇ、小説書いてる?」 「書いてるよ。ちゃんと一番に読ませてやるから。」 「ふん、一番に読んでやるよ。」 「...お前との運命がいいものでよかった。」 「何言ってんの。いいものに決まってるでしょ。そんなのは初めてあのbarで出会ったときから決まってたんだよ。」 「え?」 「あの二人には感謝しなきゃ。俺とあなたの運命線上にいてくれてありがとうって。二人がいなきゃ俺たちは繋がらなかったんだから。」 「そうだな。」 「人生、無駄なことなんてひとつもないんだよ。悪いことなんてない。全部に意味がある。」 「何急に悟ったようなこと言って。」 「一つ歳を重ねましたからね。」 「...よし、ケーキでも作るか。」 「え?作るの?買うんじゃなくて?」 「作るよ。俺、元パティシェだからね。」 そう言うとそそくさとキッチンに向かっていった。 彼の背中を見送りながら 「マジかよ。」 と呟いた。
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