夏目と那由多

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夏目と那由多

柊に誘われて、ルームシェアを始めた。 ちょうど海外から帰ってきて住む場所を探してたから好都合だったけど、まさか那由多と一緒だとは。 那由多とは高校からの知り合いだ。 知り合い程度であまり話したことはない。 けど、彼との出会いはとても衝撃的だった。 体育館の倉庫の扉を開けると明らかに事後の男が二人。 その一人が那由多だった。 もう一人は生徒会長だった。 生徒会長はヤバい!って顔をして颯爽と逃げていったが那由多はゆっくりシャツのボタンを止めていた。 そして去り際に一言、 「いつでも相手するよ。」 と言って笑った。 でもそれから別に話すこともなく卒業して大学でまさかの再会。 で、柊と仲良くなったら何故か那由多が付いてきた。 那由多はからっとしてて何考えてるかイマイチ分からない男。 自分のことを話さないし。 でも不思議と居心地がいい。 那由多の義務笑いも、無表情でムカついてる瞬間も何故か俺は見抜けた。 大人数での飲み会でふっと店からいなくなったから見に行ったら、彼は座り込んで泣いてた。 俺は無言で隣に座った。 なんで泣いてたのか未だに知らない。 でも別にどうでもよかった。 大学卒業してIT企業に就職して、海外赴任になった。 時々三人でオンライン飲みをして近況報告し合う。 でも大体酔いがまわり始めたら仕事の愚痴大会。 それもまた楽しかった。 帰ったら那由多の店に行くつもりだった。 でも店に行かなくても那由多の飯が食える。 最初に食べたのはオムライス。 ふわふわ卵のやつだった。 「うまい?」 「うまいうまい。」 「でもお前バカ舌だからなんでも旨いんだろ?」 「バカ舌じゃねぇよ。」 「みんながまずいって食べなかった居酒屋の焼きそば、旨いって食ってたじゃん。」 「そんなのよく覚えてるな。」 「覚えてるよ。夏目とのこと大概。」 「じゃあ初めて会った時のことも?」 「うん。入学式で貧血になった俺を保健室まで連れてってくれたじゃん。覚えてるよ。」 「え?あれお前だったの?」 「...なんだ、俺って分かってなかったんだ。」 「うん。」 「あん時はありがとな。あと、生徒会長とのことも黙っててくれて。」 「誰にも言えないだろ。」 「やっぱ夏目っていい奴だなって思った。だから友達になれて嬉しかった。」 「そお?」 「嬉しかったんだけど、嬉しくなくなったんだよ。あの飲み会の時から。」 「え?」 「だから海外に行ってくれてよかった。」 「どういうこと?」 「なのにまさか帰ってきて、一緒に住むことになるなんて。」 「嫌なのかよ。」 「嫌だよ。だってまた友達のフリしなきゃいけないだろ。」 那由多はそう言うと俺の唇をなぞってケチャップをぬぐった。 「いつでも相手してやるよ。」 そう言って部屋に入っていった。 俺はそこで彼が何を思ってるのか分かっていた。 だから一瞬躊躇したけど、それでもノックもせずに部屋に入った。 「え、なんで入って、」 「相手してくれるんだろ?」 「え?」 「でも相手するならとことん相手しろよ。」 俺は那由多を抱き締めて頭を撫でた。 別にこいつは体の関係が欲しかったわけではないんだと分かってる。 「好きだけど嫌いだよお前なんて。」 「なんだそれ、ややこしいな。」 「俺の思ってることいつも見抜きやがって。必死で隠してるのに。」 「...それはマジでごめん。でも分かっちゃうんだよね。こうしてほしいって思ってるんだろうなって。」 「そのスキル、他の女とかには使えなかったわけ?」 「そうなんだよ。お前にしか発動しないスキルみたい。」 「それってつまり、」 「言って欲しい?」 「だから読むなよ心を。」 「ごめんごめん。」   キスして離れると那由多の顔は真っ赤に燃えた。 「え?」 「な、なんだよ。」 「いや、ファーストキスじゃないんだから。」 「俺にとってはファーストキスなんだよ。」 何てかわいい奴なんだ。 そう思った瞬間から那由多は俺の中の可愛い生き物ランキング不動の第一位にランクインした。 ちなみに2位はレッサーパンダ。 柊と真直くんの前ではさすがに言わないが二人の時はずっと可愛いって言ってしまう自分がいる。 それはかなり無意識だ。 言いすぎてか最近ではもうあしらわれるようになってきた。 「柊と真直くんてそういう関係だよな。」 「え?!」 「お前マジで鈍感なんだな。」 「全然気付かなかった。お前以外のことに関しては鈍感なんだな俺。」 「お前、思ってることすぐ口にするのやめろ。」 「なんで?」 「なんで?って、」 「言わなきゃ伝わらないだろ?」 俺がそう言うと口ぐもる。 那由多は言いたいことを我慢する習性がある。 それをうまく引き出すのが俺の役目だと思ってる。 でもまだできない。 久しぶりに柊とサシ飲みした。 「で、那由多とは上手くいってる?」 開口一番そう聞かれビビったけど、 「そっちも真直くんと上手くいってる?」 と反撃。 でも柊は一つも動揺せず、 「まぁね。」と答えた。 「そっか。俺はまだ那由多の本心を聞けてない気がするな。」 「本心?」 「そう。何か言いたいことを我慢してるような。」 「まぁ、そういうとこあるよな。でもあいつはお前が思ってる以上にお前のこと好きだよ。」 「え?」 「入学式で助けてもらった時からずっと。でも、生徒会長とヤってるとこ見られて、もうどう考えても可能性ないなって諦めてたらしい。」 「なんで知ってんの?」 「二人で飲んだ時、酔っぱらってそんな話した。大学で再会しても近づけなくて、で、俺とお前が仲良くなったの知って俺に近づいてきた。友達でいいから側にいたかったんだって。」 「なんでルームシェアに誘ったの?」 「お前が海外行ってる間、あいつ男たらしこんで自由に遊んでたけど全然楽しそうじゃなかったし、どんどん荒んでいった。」 「そうだったのか。」 「お前が帰ってきてくれてよかった。やっぱりお前といる時の那由多は幸せそうだ。」 俺は那由多のことを知らなかった。 分かりはするけど、知らないことばかりだ。 それは那由多が自分の口から話さない限り分からないことだらけ。 でも無理に聞き出すのは違う。 「今度の休み、デートしない?」 と誘ってみた。 度肝抜かれた顔されたけど、 「いいよ。どこ行く?」 と断りはしなかった。 車を出して向かったのは母校だ。 ここから全て始まった。 「え?ここ?」 「そう。」 先生に許可をもらい、休日の学校を二人で散策した。 那由多とは一度も同じクラスにならなかった。 三年間見てる景色が全く違ったんだな。 「体育祭、お前リレーのアンカーやってたよな。」 「足だけは早かったから。」 「3年連続アンカー。でも一度も一位になれなかった。」 「そう、毎回陸上部の船橋にゴール手前で抜かれた。」 「めっちゃ盛り上がりはしたけど。」 「てか、よく覚えてるな。そんなこと。」 「覚えてるよ。」 「高校時代のお前ともっと話したかったよ。」 「最低だったからやめといた方がいいよ。」   「きっと可愛かったんだろうな、あの頃のお前も。」 「夢見すぎだ。生徒会長とやってたとこ見ただろ。」 「俺にとってはキスして赤面してるお前が本当のお前だよ、那由多。」 「うっせ。」 「過去がなんだって、俺はお前が世界で一番可愛い。」 「恥ずかしいからやめろって。」 「好きだよ、那由多。」 俺がそう言うと那由多は泣いた。 「だからお前も自分のこと好きでいて欲しい。」 「...うっせぇ。」 ほんとに後悔してる。 なんで俺はここで彼をちゃんと見つけられなかったんだろう。 戻れるものなら戻りたい。 そう思った。 「で、晩飯はどこで食べるの?」 「家。お前の作ったオムライスがいい。」 「いや、デートなんだからちょっと奮発していいレストランでも、」 「いいや。お前のオムライスに勝てるものなんてない。」 「あるよ。お前、海外でろくなもん食ってこなかっただろ?」 そう言いながらも那由多はオムライスを作ってくれた。 俺は仕事柄、三ツ星のつくレストランでよく会食した。 確かにどれも凝ってて旨かった。 けど、また食べたいと思うのは那由多の作ったオムライスだけだ。 多分この先、このオムライスを越えるものは出てこない。 もし出てくるとしたら、それを作ったのもまた彼なんだろう。 「ごちそうさま。シェフ、美味しゅうございました。」 「お支払はカードで?それとも現金で?」 「ちゃんと払いますよ、一生かけて。」 「それってプロポーズ?」 彼は冗談でそう言ったが、俺はとっくに決めていた。 なにがあってもこの世界一可愛い生き物を手放さないと。 「だったらどうする?」
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