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俺は適当に生きてきた。
だから少々不味いコーヒーを出されても平気だ。
恋人に浮気されても、浮気相手が俺の親友でも。
あの夜、あのbarで会わせなければ良かったなんて今さら後悔なんてしない。
だけど、彼には申し訳ないと思った。
そう、彼とは俺の恋人が浮気した親友の恋人だ。
おそらく、初めての恋人だったに違いない。
彼の親友を見る目は純粋で綺麗だった。
何も疑っていない、信じきってる瞳。
別れてしばらくして、あのbarに行くと彼がいた。
驚いたことに彼は別の男を連れてきていた。
「こんばんは、お互い災難でしたね。」
と笑った。
「安心した。立ち直りが早いんだね。」
「え?あぁ。彼は友達です。」
「ただの友達、ではないだろ。」
「...柊さんは傷つきましたか?」
「いや、俺は傷つくほど好きにはならないから。」
「俺もですよ。確かに初めての恋人でしたけど、一緒にいて沸き立つものが何もなかった。」
「沸き立つもの?」
「だから別れてくれって言われた時、正直ホッとした。」
そう言った彼の目はとても冷ややかだった。
あの夜の彼の目は偽物だったんだろうか。
どっちが彼の嘘なんだろう?
どっちでも、もう俺には関係ない。
このbarを出れば一生会うことはない。
ただ、その夜は突然の大雨ですぐに店を出ることができなかった。
帰り損なった客がパラパラ残って酒を飲んでる。
彼の友達はいつの間にか別の男といい感じになってる。
「工藤ちゃん、ちょっとトイレ見てきてよ。」
「え?」
「何かお客さんの一人が籠ったきり出てこなくて。頼んだわよ。」
面倒なことを任されたと思いながらトイレに行くと確かに一つだけ閉じたままのドア。
「おい、大丈夫か?」
何度かノックするとドアが開いた。
彼だった。
ずいぶん酔っぱらって、吐いたらしい。
ほんとはそんなに強くないんだろう。
「大丈夫か?」
「ほんとは、別れたくなかった...なんで俺じゃダメだったんだろう。」
「え?」
「頑張ったのになぁ...」
そう言うと彼は一筋涙を流して寝てしまった。
全部強がりだったんだな。
そういえば彼の片想いから始まったんだっけ。
何回も振られて、それでも諦めなかったって言ってたな。
そんなことを思い出しながら彼をトイレから引っ張り出した。
「彼の友達は?」
「他のお客さんと出ていったわよ。工藤ちゃん、持って帰ってよ。」
「なんで俺が。」
「なんでって。それが運命だからよ。」
運命、その言葉は強すぎる。
俺の人生はその運命とやらにいつも振り回されてきた。
そしていいことなんて一つもなかった。
今回もそうだと思った。
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