独唱/洋琴伴奏

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「サヨ、私ね……こんな気持ち、初めてなの」 「……?」 「できないことばかりで、皆に必要ない、いらないって言われてばかりだったでしょう? だけどね、これはきっと私にしかできないことだから」 「オト姉様……」 「私をここに連れて来てくれたノア様や、一緒に来てくれたサヨの気持ちに応えたい。そのためならどれほど汚くて醜い声でも歌うって、決めたの」  そう思わせてくれたのは、間違いなく隣にいるノアだ。この人の力になりたい。この人が大切に思う人を助けたい。生まれて初めて抱いた強烈な欲求に身を任せ、とうとうオトは乙女像の前へ横たえられたキースへ一歩踏み出した。  聴衆の視線が背中に突き刺さる。古傷が残る鳴官が奏でる汚らしい歌声を聴かれてしまうのは恥ずかしいし、恐ろしい。昔の記憶が地を這い押し寄せてくるような恐怖もあった。  でも何より怖いのは、自分が諦めたせいで命の灯火が消えてしまうこと。大陸人を守るノアへ彼の灯火を還そう。それができる雛鳥は、オトだけなのだから。 (リラ、すぐに直しておけばよかった)  ずっと一緒に過ごしてきた弦の音が傍らにないことだけが、唯一の心残りだ。無伴奏の独唱なんてしたことがない。そんな一抹の心細さに蓋をして瞳を閉じ、息を吸い込んだ。
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