独唱/洋琴伴奏

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春愁(しゅんしゅう)目醒(めざ)めしは懸想人(けそうびと)」  物憂げな春に恋をした。 「夏暁(なつあけ)に見ゆ()(かげ)や」  あなたの影を夜明けに透かして漏れた光。 「秋闌(あきた)けた()徒夢(あだゆめ)を見ては」  寒さが深まる夜に虚しい夢を見て。 「冬羽(ふゆばね)遥遥(はろはろ)へ思ひ(なず)む」  春とは生え変わった羽で、はるか遠くのあなたを想う。  ――春夏秋冬、ただ一人をひたすらに待つ。それこそ身を焦がし泥へ沈むほどに。  歌うことに苦しんでいたオトをそばで見てきたサヨは、彼女の歌声に口元を押さえて涙ぐんだ。  息苦しさが滲む震えた声は、歌詞と相まって聴く人の心をぐいぐいと惹き込んでいく。さらにはノアの憂いを帯びた伴奏が声色に深みを与え、聴衆が息を呑む声が聞こえた。 「天満(あまみ)(つき)の 欠ける果てまでゆかしとよ  神鳥(かんどり)歌えや(ゆめ)浮橋(うきはし)」  そこにいる誰しもが耳を傾ける。それは夢喰(むし)も同様だった。今にも命の底まで吸い終わりそうなほど大きくなった(はね)が、わさわさと騒めく。 「心憧(こころあくが)御霊(みたま)はゆらら  さららと消えゆ月草(つきくさ)()  相響(あいとよ)むまで、()ひ渡る」  伴奏と同時に、最後の一小節が終わる。  息の上がった肩を上下させたオトは、眼前に両手を重ね合わせて祈った。どうか神鳥(かんどり)様に届いて。悪夢を祓う力を貸して、と。ここにいる誰もが同じ気持ちで夢喰(むし)の様子を見守る。  しばらくして、鼻先に留まっていた一頭がふわりと飛び立った。
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