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「領事はきっと、良い奴なんだろうねぇ」
並んで歩く二人の後ろ姿を見つめていたハンナへ、ユミが語りかける。金属のつまみで弦を張る強さを調整するシワだらけの指が、手際よく音階を整えていく。試し弾きの小さく軽やかな音が響いた。
「なぜそう思うのですか?」
「何もわかっちゃいない奴なら、楽器が壊れたら新しいものを買い与えればいいと思うだろう? でも領事はこのリラじゃなきゃだめだと言ってきた」
――だって、オトに似てるだろう?
「オトのリラは良い音がする。どれだけ弦を張り直そうとたわまない、しなやかで芯の強い子だ。道具はただ使えば道具でしかないが、心を込めて使えば音に出る。あの男は、それをちゃんとわかっていたのさ」
優しい者ほど傷を負う。だが、強情なだけでは壊れやすい。それはまるで奏者そのものを表すかのよう。
オトのリラは金属の繋ぎ目がない。聞けば、彼女の故郷の御神木を削り出して作られたものだとか。何本もの弦が力強く張られた横木を左右から伸びた腕木が支える、一見華奢な作りだ。特に木製の楽器は湿度で壊れやすいと言われるが、十年以上使われた今も辛抱強くしなって、可憐な音を響かせる。何度こうして修理に出されても、一度としてへそを曲げたことがない。彼女の腕の中に帰りたがり、調律をせがむのだ。
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