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「あの、ノア様……?」
反応がないことに不安を募らせた肩と腰へ長い腕が回された。ぐいと引き寄せられ、至近距離から見下ろされる。
「本当にいいのか? 鳥籠に帰りたいと泣いても、もう放してやれないぞ?」
最後の最後までオトに選ばせようとする優しさに胸が詰まった。そんなことを言われたら、ますますそばにいたくなってしまう。
「不束者の片羽ですが、どうかおそばで歌わせてください、ノア様」
早鐘を打つ胸元でそう告げた途端、ふっと美しい笑みが向けられた。愛おし気に羽耳を撫でる指先がくすぐったくて、パタパタとはためく。
「じゃあ、これで正真正銘俺の小鳥だな」
「……はい、私はノア様の小鳥です」
じわりと胸に広がった幸福を噛み締めていると、膝裏に手を回されてふわっと持ち上げられてしまう。突然の浮遊感に大きく目を見開いた。
「きゃぁっ!」
「ハハッ、オトは軽いなぁ! さすが羽が生えているだけある!」
「も、もう……ふふっ」
無邪気に笑うノアにつられて、オトも満面の笑みを零す。こうして声を上げて笑ったのは、生まれて初めてかもしれない。
幸せそうな二人を夕焼けと海風が包んだ。
後世に残るクレセンティア史には、愛を歌った片羽の雛鳥が最後の献上だったと記されている――。
【第二章 歌うたえば音は笑む ≪終≫】
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