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ある日、一匹の夢喰に集られた子どもを抱えた母子がやってきた。オトが歌って悪夢を祓うと「よかった、本当によかった」と目尻をしとどに濡らして歓喜する母親。その横顔が脳裏へ強烈に焼きついた。
親は子を慈しむもの。なら自分がもっと苦しい目に遭えば、母親が助けに来てくれるかもしれない。胸に灯ったのは仄暗い希望。手頃な大きさの石を岩肌に擦りつけ、密かに研いだ。何日も何十日も何年もかけて研ぎ澄まされた歪な石刃の切れ味は、あまり良いものではなかったけれど。
「左の羽耳は、自分で切り落としたんです。心配したお母さんに助けに来てほしくて。でも……」
大切な羽耳を一つ失ったと報せを聞いた母は、洞穴に寝かされた娘の元を訪れた。だが与えられたのは優しい抱擁ではなく、鬼気迫る平手打ち。
――あんたが歌えなくなったら、私たちの生活はどうなっちまうと思ってんだ!
雛鳥を生んだ功労として、オトの家族は村から多大な恩恵を受けていた。カージュに捧げる供物と比べたら微々たるものだが、それでも裕福に生きていくには十分な施しだ。名も知らない弟と妹が生まれ、家族は幸せに暮らしているらしい。それを脅かしたオトが憎くて堪らないと顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。母は肩を上下させながら腫れあがった右頬をなぞり、解けない呪いを吐いた。
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