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空と海の向こう
昨夜助けてくれたお礼がしたい。そんな申し出を受け、アタラはオトを本島へ連れ出した。
露店には島の名産である結晶硝子の工芸品が多く並ぶ。石英の純度が高く、他国の硝子と比べて硬度があるため、宝飾品や雑貨などに加工される。
それと同じくらい店先に並んでいるのが、リュクスから輸入された外来品だ。服飾に加工食品、大陸の言葉で書かれた本などもある。
リュクスとは、三日月が背を向けた西側に広がる大陸を統治する国だ。長らく港を閉ざしていたクレセンティアに開港をもちかけたかの大国によって、時が止まったままだった島の文明は一気に花開いたと言われている。
羽耳を隠す三角の菅笠がきょろきょろと辺りを見渡した。雛鳥が夢喰採り以外の用事でカージュの外へ出ることはほとんどない。島民や大陸の行商人が行き交う賑やかな街にオトの心が浮ついているのは明らかで、少し危なっかしい。
あらゆるヒトモノにふらふらと引き寄せられそうな姿を見て、アタラは一回り小さい手を握った。
「っ……な、なに?」
「どこかへ行っちゃいそうだから」
「行かないわ、子どもじゃないんだから。サヨのお土産を探してただけ」
そう言って、すぐに手を振り解いた。
気恥ずかしい、なんて可愛らしい理由ではない。これはもっと醜くてみすぼらしい感情。港町を歩く乙女がアタラを熱のこもった目で見ていることに、オトは気がついていた。
(私なんかが、アタラと手を繋いでいいはずない)
地味で器量も良くない、醜くて使えない片羽。長年刷り込まれた自己否定は根深い。早く用事を済ませてカージュに帰ろう。オトはそう決心して早足になる。
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