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「そう言えば、アタラの用事って?」
「呉服屋。カージュの集落じゃ雌鳥用の生地ばかりだろ? 次の満月に幼鳥のお披露目があるから、雄鳥分の衣装をお願いしているんだ」
カージュには圧倒的に雌鳥が多い。雄鳥がいないわけではないが、成長と共に高音域が出せなくなる彼らの立場は、どうしても弱くなる。
そんな中、アタラは成鳥になった今でも美しい高音を歌い上げる逸材だ。自分の楽徒を束ねる傍ら、雄鳥たちのまとめ役として、細かい部分の面倒を見ている。
衣装の打ち合わせで本島の呉服屋に呼ばれたのだが、一人で行くのも気が引けるということで、オトに声をかけた……と言うのは建前で、本当は気晴らしにカージュの外へ連れ出したかっただけなのだが。
あの小島は鳥籠だ。生きることに必要なものは十分なほど揃っているが、たまにとても息苦しくなる。多くの同胞から慕われるアタラでさえそう思うのだから、オトの心労はどれほどのものか。噛み癖でボロボロになった唇を横目に見て、朱鷺色の瞳を重苦し気に伏せた。
付かず離れずの絶妙な距離感のまま並んで歩いていると、潮の匂いと一緒に大きな汽笛が響いた。驚いたオトは菅笠を上げ、高い防波堤の向こうを見上げる。
本島には東西に一つずつ港がある。東がカージュ、西が大陸へ渡るための船の港。音がしたのはもちろん西側だ。
「何かしら……?」
「行ってみる?」
漁船とも商船とも違う荘厳な音色に導かれるように、二人は防波堤を駆け上がった。
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