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ツツジ並木の出逢い
大きな一枚板の立派な看板に、入り口から連なる上等な打掛、所作の行き届いた店員たち。一方で硝子棚に映った自分の姿と言えば、みすぼらしい着物に飾り気のない顔。場違いにもほどがある。
「よ、用事があるんだった」
目的の呉服屋を前にして尻込みしたオトの、精いっぱいの虚栄だった。驚くアタラに「すぐ戻るから」と嘘を重ね、今は街中をあてもなくさまよっている。
慣れない人混みと喧騒に気疲れてしまったが、洒落た喫茶店でお茶をする勇気もない。気がつけば、石畳で舗装された大陸人用の区画まで来てしまった。大きな馬車が行き交い、道端で煙菅を吹かす紳士たちが異国の言葉で談笑している。オトにはさっぱり聞き取れなかったが、『新しい領事は変わり者だ』という、何てことはない世間話だった。
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