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想ひ歌
「――泡沫人は昼想ひ、夜夢む」
儚い人が昼も夜も誰かを想っている歌。
物心ついた時から自然と頭に浮かぶ歌詞は、誰が綴ったものなのか。答えを教えてくれる人はもういない。
ゆったりと弦をなぞり、ほんのわずかな声量で口ずさむ。花びらと葉の擦れる音が、か細い声を優しく包み込んだ。
聴衆はいない。誰もオトに「歌え」と強要していない。だが目の前の命を見捨てることなんてできなかった。それが見ず知らずの大陸人だとしても。
「ケホッ、ゴホッ、っく……!」
喉奥の鳴管を震わせ、酷く咳き込んだ。息が詰まり、声が割れる。とても人に披露できる仕上がりではない。もはや歌と呼べるのかもあやしい。
それでも。悪しきものを追い祓う神聖な声を絞り出し、目の前の命のためだけに、無様だろうと歌った。
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