壊された音

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「やめて! それはオト姉様の大切な楽器なの!」  居住区の端に位置する、最も日当たりが悪く寒い部屋。その中心に春華(しゅんか)の精のような歌姫が佇む。畳を踏む彼女の足元には、無残に弦を切られたリラが転がっていた。 「オト姉様……」  狭い部屋の暗がりで涙を流して震えるサヨが、こちらに気がついた。美しい(かんばせ)を怒気で歪めたメルヴィも、ゆっくりと振り返る。  彼女は小汚い襤褸雑巾(ぼろぞうきん)へ大股で近づくと、困惑する横面へ扇子を思い切り振り抜いた。左頬を直撃した衝撃と痛みに、声すら上げられず倒れ込む。 「本当に卑しい醜雌鳥(しこめどり)だわ! 雄に(うつつ)を抜かしてよその楽徒(がくと)に軽んじられるなんて、あたくしの顔にどれだけ泥を塗れば気が済むの!?」  雄とは、おそらくアタラのこと。大陸人のことは誰にも口外していない。  それからもメルヴィの怒りは収まらず、耳が痛くなるような罵詈雑言を浴びせ続けた。あまりの激昂っぷりに、元気が取り柄のサヨも部屋の隅で羽耳を塞ぎ、縮こまる。「ごめんなさい、もうしません」と懺悔する悲痛な涙声が枯れるまで、手の付けられない癇癪は続いた。
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