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すると、それまでピクリとも動かなかったオトがわずかに身じろぎした。
もう指先一本動かす気力もない。無音の世界で叫びすぎた喉は乾いて血が滲み、身体は鉛のように重い。なのに、この心地良い温もりは何だろう。気力を尽くしてうっすらとまぶたを開ける。
ぼやけた視界に揺らめくのは、月光を浴びて内側からきらめく白金。それに真っ直ぐな群青の瞳。カージュには咲いていないツツジの香りを感じる。
「どう、して……?」
とうとう都合の良い幻覚でも見ているのかと思った。どれだけ泣いて叫んでも誰も助けてくれない世界に魂が囚われて、おかしくなってしまったのかと。だって、ずっと願っていたから。期待しないと自分に言い聞かせたくせに、音にならない声でずっと叫んでいたから。
「会いに行くって約束したろ? ……遅くなって、悪かった」
残された羽耳へ直接吹き込まれた言葉に、安堵の涙が溢れる。
大陸の男がこじ開けた堅牢な籠から、愛を知らない片羽の鳥が放たれた。
これからオトは少しずつ外の世界を知り、やがて安寧と幸福の中で愛を歌う。悪夢に包まれたクレセンティアを変える、愛の歌を。
【第一章 籠の鳥 ≪終≫】
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