48人が本棚に入れています
本棚に追加
【閑話】ノア・ブランという男
『一族に呪いを齎した忌み子め』
黒塗りにされた祖父の幻影がこちらを指さし、厭悪まみれの塩辛声で言い捨てた。
夢喰が魅せる悪夢はどんなものなのかと期待していたのに、大したことないじゃないか――大陸の男は、強い言葉で詰る周囲の影を冷めた目で見渡す。
現実の侮蔑はこんなものじゃなかった。毒素を体外へ排出する免疫反応のような本能だったのだろう。幼子と無力な母親に向けるには過ぎた憎しみだった。
『ブラン家の恥晒しが』
『その身が清まるまで塔から出られると思うな』
『ふしだらな母親共々消し去ってやりたい』
「俺の深層心理を覗いて夢を見せているのか? だとしたら残念なくらいお粗末だな」
期待外れな悪夢にもそろそろ飽きた。だがどうやって目覚めよう。止まない侮辱を浴びながら、黒い翅がさざめくトンネルをあてもなく歩く。
――泡沫人は昼想ひ、夜夢む。
「これは……」
消え入りそうな声だったが、確かにそれは歌だった。
なぜわかったのかと言うと、その歌に覚えがあったから。忌み子を唯一愛してくれた祖母が寝たきりになる前、よく口ずさんでいたのだ。異国の言葉で何を歌っているのかはわからなかったが、耳馴染みの良い優しいメロディーが、彼は大好きだった。
歌声に導かれるよう足を向けるといつの間にかトンネルを抜け、ツツジ並木が広がる。
そこにいたのは、幻想的な羽耳を持つ少女だった。
最初のコメントを投稿しよう!