【閑話】ノア・ブランという男

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【閑話】ノア・ブランという男

『一族に呪いを(もたら)した忌み子め』  黒塗りにされた祖父の幻影がこちらを指さし、厭悪(えんお)まみれの塩辛声で言い捨てた。  夢喰(むし)が魅せる悪夢はどんなものなのかと期待していたのに、大したことないじゃないか――大陸の男は、強い言葉で(なじ)る周囲の影を冷めた目で見渡す。  現実の侮蔑はこんなものじゃなかった。毒素を体外へ排出する免疫反応のような本能だったのだろう。幼子と無力な母親に向けるには過ぎた憎しみだった。 『ブラン家の恥晒しが』 『その身が清まるまで塔から出られると思うな』 『ふしだらな母親共々消し去ってやりたい』 「俺の深層心理を覗いて夢を見せているのか? だとしたら残念なくらいお粗末だな」  期待外れな悪夢にもそろそろ飽きた。だがどうやって目覚めよう。止まない侮辱を浴びながら、黒い(はね)がさざめくトンネルをあてもなく歩く。  ――泡沫人(うたかたびと)昼想(ひるおも)ひ、夜夢(よるゆめ)む。 「これは……」  消え入りそうな声だったが、確かにそれは歌だった。  なぜわかったのかと言うと、その歌に覚えがあったから。忌み子を唯一愛してくれた祖母が寝たきりになる前、よく口ずさんでいたのだ。異国の言葉で何を歌っているのかはわからなかったが、耳馴染みの良い優しいメロディーが、彼は大好きだった。  歌声に導かれるよう足を向けるといつの間にかトンネルを抜け、ツツジ並木が広がる。  そこにいたのは、幻想的な羽耳を持つ少女だった。
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