【閑話】ノア・ブランという男

2/4
前へ
/148ページ
次へ
 ∞ 「――ノア! ノア・ブラン! いるんだろ!?」  パリッとした声が河川敷に響き渡る。  夢喰(むし)の生け捕りには失敗したが、予期せぬ出逢いに上機嫌だった大陸の男――ノアは、一瞬で顔をしかめた。 「アル、声が大きい。せっかくの余韻が台無しだ」  ツツジ並木の中から立ち上がり、土手を探していた親友を見上げる。  整髪剤で後ろへ撫でつけられた紺色の髪と意志の強そうな太い眉根が、彼の実直な性格を表している。その佇まいに相応しい深緑色の軍服を着たアルベルト・ソーンは、本国でも奇天烈で名の通った幼馴染に目くじらを立てた。 「何が余韻だ。さっきの夢喰(むし)の大群はどうせお前の仕業だろう、神獣マニアの変態領事」 「実に幻想的で興味深い光景だった。ところで飛翔した蝶はどこへ?」 「知るか。職員たちと総出でお前を探していたんだぞ」 「あの貴重な現象を観測しないなんて、全員無能か!? 給料泥棒も甚だしいな! 帰国したら殿下に報告しないと!」  土手を上りながら「信じられない!」と言わんばかりの反応をするノア。  アルベルトは「絶対にお前にだけは言われたくないと思うけどな」と、領事館職員たちに同情した。彼らの仕事は夢喰(むし)の研究ではないのだから。
/148ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加