【閑話】ノア・ブランという男

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 就任早々に横暴な領事を薄目で睨みつけていると、いつも大切に身につけているお守りがないことに気がついた。 「ノア、指輪はどうした?」 「ああ、さっき出逢ったセレニティの雛鳥に預けた」 「アルマ様の指輪を、雛鳥に!?」  腹の底から出た声に、麗しい領事が耳を塞ぐ。せっかく耳に残った彼女の歌が掻き消されてしまうじゃないか。 「夢喰(むし)を生け捕りしようと昼寝をしていたところを助けられてな」 「馬鹿なのか? 本当に救いようのないほどの馬鹿なのか、お前は?」 「俺ほど有能な男は大陸中を探してもそうは見つからないと思うが?」 「馬鹿と天才は紙一重と言うが、お前は間違いなく馬鹿の方だ」  馬鹿だ馬鹿だと連呼され、ノアは当然面白くない。だが生粋の馬鹿は、いつもアルベルトの想像を遥かに超える。 「時にアル。お前、クレセンティアの島主と面識はあるか?」 「ツキシマ殿なら丁度、午後に軍事演習の段取りで会う予定だが……」 「俺との会合もねじ込んでくれ」 「理由は?」 「カージュに取り次いでもらう」  その名を聞いて、アルベルトに緊張が走る。  クレセンティアの北東岬に門を構えるリュクス東部防衛本部、その司令官に就任して三年。先日来たばかりの新任領事よりも長く、この島を見てきた。  夢喰(むし)を祓える唯一の希望を囲うカージュは、時に明確な圧力となって大国であるリュクスに襲いかかる。神鳥の機嫌を損ねたら最後、大陸人は献上を取り上げられ、醒めない悪夢に放り込まれるだろう。
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