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「ノア、いくらお前でもカージュには手を出すな。あそこは本物の禁足地だ」
「禁足地? そんなの誰が決めた。入っていいかどうかは俺が決める」
空と海を閉じ込めたような群青の瞳に迷いや恐れはない。リュクスが持て余す奇才の異端児を捕らえられる檻などこの世にないと言わんばかりに。
「それに約束したんだ、会いに行くって」
舞い上がった夢喰の大群を見上げた少女の、ボロボロの下唇。同じ噛み癖を身近な人に見た。あれは理不尽に耐え、飛び立てずにいる者の唇だ。
彼女をあそこまで追い詰める何かが、あの鳥籠の中に渦巻いている。それをこの目で見極めなければならない。
「ハァ……どうせ止めても聞かないんだろ? 頼むから国際問題にだけはしてくれるなよ」
「そうならないようにするのは俺の仕事じゃない」
「領事なんだから、お前の仕事だろうが」
東の海に浮かぶ秘境、クレセンティア。
神獣の庇護の下、世界情勢から長らく息を潜めてきた小さな島は、文化や景観の美しさとは裏腹に、どこか歪な側面を持つ。
盲目的に信仰される一方、伝承の域を出ないほど詳細が解明されていない神獣、セレニティ。
実害が出ているのにその生態系が未だ謎に包まれている妖虫、夢喰。
羽耳を持つ者を一カ所に掻き集めた閉鎖的な鳥籠、カージュ。
並べ出したらきりがない。
「神域の解明とは、殿下も無茶な密命を授けてくれたものだ」
「口に出したら密命とは言わない」
「お前だから別にいいじゃないか、アル」
口にすることで強制的にアルベルトを巻き込んだノアは得意気に笑い、二人は並んで歩き出した。
これは初会合で思わぬ意気投合を見せた領事と島主が禁足地へ乗り込む、少し前の話である。
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