傷痕に沁みるのは

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傷痕に沁みるのは

「あだッ!」  背中を強打したノアを冷めた目で見下(みお)ろす……いや、見下(みくだ)すのは、鮮やかな赤毛のまとめ髪が目を引く女性だった。メリハリのある身体にダブルボタンの濃紺のワンピースがよく似合っている。胸元に光るのは双頭の竜の意匠が施された銀のブローチ。リュクスの公人に仕える秘書官の制服だ。 「やってくれたな、ハンナ……」 「リュクスの問題児の手綱をしっかり握るよう、外務省からきつく仰せつかっておりますので」 「チッ、結婚適齢期を逃したゴリラめ」 「うふふ、嫌ですわノア様ったら。昔から本当に口が達者なクソガキなんだから……」  真珠のブレスレットを外して拳に握り込めば、簡易拳鍔(メリケンサック)の出来上がり。武装(メイク)で高めた覇気を容赦なくぶつける。「戦場の血薔薇(ブラッディ・ローズ)」と呼ばれた国防省上がりの敏腕秘書官は、腕っぷしも文句なしに優秀である。  そんな茶番劇をする二人の横を、幼鳥がパタパタと足早に駆け抜けた。
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