傷痕に沁みるのは

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「改めて、リュクス総領事館を預かるノア・ブランだ。君たち雛鳥を歓迎する」  匂い立つような色男が、ベッドの隅で縮こまるオトの右手を取る。演奏のために爪は手入れされているが、張りがなく骨ばったみすぼらしい手だ。長年リラを弾き続けて硬くなった指の腹を掬い、そのまま手の甲に薄い唇を押し当てた。 「ひぇっ」 「キャーッ!」  触れた場所からじゅわりと広がる熱に引き攣った声を上げるオト。刺激的な光景を目の当たりにして興奮気味なサヨ。初心な雛鳥たちを見上げて笑う悪い顔は、ぐうの音も出ないほど作り物めいていて、美しい。  大陸では手の甲や頬、額に唇で触れることが親愛の証になると聞いたことがある。そんな身に覚えのない感情を直接身体へ流し込まれているような気がして、オトはどうしようもなく落ち着かない。  だがふと、机に置かれたリラが目に入った。弦が切られたままの無残なリラが。  瞬間、オトの脳裏に鉄扇の痛みが蘇る。  ――本っ当に憎らしい片羽だわ!  ――せいぜい雄に媚びて優しくしてもらいなさいな、この醜雌鳥(しこめどり)。 「っ……!」  羽耳にこびりついた罵倒が傷口に爪を立てるようだった。歌えない片羽の雛鳥が献上の役目を果たせるはずも、ましてや愛されるはずもないと。 「オト?」 「ごめん、なさい……」  急に震え上がったことを不思議がる領事の手を払い、傍らの幼鳥へ縋るように抱きつく。  姉鳥の心情を察してか、サヨもスンと鼻を鳴らした。
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