歌が紡ぐはただ二人

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「――泡沫人(うたかたびと)昼想(ひるおも)ひ、夜夢(よるゆめ)む」  聞き馴染んだ歌を口ずさむノアに驚いて、顔を上げた。  音楽を愛するクレセンティアで、なぜかオトだけが知っている不思議な歌。リラを弾き始めた時にはすでに頭の中に流れていた。島の音楽誌そのものであるはずのカージュで資料を探しても、どこにも記されていなかったのに。 「その歌、どうして……?」 「子供の頃に祖母がよく歌ってくれたんだ。どういう歌なのか聞いても、いつかわかる時が来るとはぐらかされてばかりで……だが最近やっとクレセンティア語だとわかって、ここへの赴任を承諾した」  夜の海風で冷えた頬を大らかな両手が包んだ。星が揺らめく水面のような瞳がじっとオトを見つめる。 「だから君の歌声が聞こえた時、運命だと思ったんだ」 「運、命……?」  聞き馴染みのない言葉をたどたどしく紡ぐ。鳥籠の中で一生を終える雛鳥に、巡り逢わせの奇跡など縁遠い。ましてや役立たずの片羽になんて――。  だが切れ長の美しい青の宝石は、目の前のオトだけを映す。
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