海の原を越えて

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「可愛らしいな、オトは」 「……? 私、自分の悪口なんて言ってませんよ?」  ノアは思ったことを口にしただけなのだが、どうやら先ほど提案したゲームと勘違いしているらしい。  オトは自分のことを地味でみすぼらしい片羽と思っているが、それは周囲が植え付けた劣等感から来るもの。自ら埃を被ってすみっこに転がっていても、ノアの見立てでは磨けば輝く原石に違いない。実際に愛らしい顔立ちをしているし、慎ましやかで清楚な印象は純潔と癒しを司るセレニティの雛鳥に相応しい。賛辞に慣れていないいじらしい様子を見れば、空っぽの自尊心の器へこれでもかと愛情を注ぎ込みたくなる。 「自虐しないと褒めないなんて決まりごとはなかったはずだぞ?」 「じゃあご冗談?」 「いや、本気だが?」 「……ノア様は、変わっていらっしゃいますね」 「それは自虐か? 褒められたいならそう言えばいいのに」 「! ち、違います! あっ、でも、違わなくて……うぅぅ……」  甘ったるい空気の二人を後方で眺めていたハンナは、懐中時計をひたすら開け閉めした。何度確認してもまだ朝の八時前。昼の珈琲の時間(コーヒータイム)が待ち遠しい。普段はミルクと砂糖を好んで入れるが、今日は濃縮された無糖に限る。
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