カマセ犬の唄

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 カン! カン! カン! カン!  乱打されるゴングと、耳が痛くなるほど響く観客の絶叫。リングサイドでは天体望遠鏡かよってくらいにデカいレンズを抱えた連中が、マットに横たわる俺に黒い筒先を向けていた。 《15分12秒! 勝者、メホール・アディア!》  リングアナウンサーの勝利宣言、レフェリーが汗ばむ褐色マスクマンの腕を高らかに持ち上げていた。 「……くそ」  小さく呟いて汗と激痛まみれの身体でリング下に転がる。   「真鷹(まだか)さん! 大丈夫ですか? 歩けますか?」  若手レスラーが駆け寄ってくる。途中の技も相当なものだったが何しろ最後の技をまともに食らったからな。首筋から指先までがジンジンと痛む。  流石はプロレスの盛んなメキシコでエストレージャ(スター選手)と称えられたルチャ・ドール(プロレスラー)だけのことはある。マジでマットから肩が上がらなかった。  ぶっちゃけ歳は似たようなもんだと思うが、ラテンの連中は地力が違うぜ。 「……肩を貸せ、2人だ」  両側から肩を借りてぐったりとした身体で袖へと引き下がる哀れな敗者を、カメラクルーが正面から映す。『何もこんな不様なところを』と思うかも知れないが、それもまたプロレスでは『全力を尽くした敗者』の見せ場なんだ。 「よお、お疲れ」  控え室で我がプロレス団体のCEО、通称『女帝のマダラ』がニヤニヤしながら待っていた。 「流石だよ。荒々しいファイトで知られるメホール・アディアの日本デビュー戦を任せられるのはアンタしかないと思っていたからね」  CEО様は如何にもご満悦のようだ。 「観客の反応もよかった。『あの真鷹相手にあそこまで闘うのかよ!』って。メホール・アディアのをアピールするのに大成功さね」 「……」  そう。この団体で俺の『最大の仕事』は売出し中の若手や招待した有名レスラー相手に、いわば『カマセ犬』ってヤツなんだ。 「指先を順に動かしてみて? 首を左右に回せる?」  ドクターが俺の横にきて、怪我の度合いを確認している。ぶっちゃけ、無傷のまま終われる試合なんてプロレスにはないんだ。打撲、内出血は当たり前。骨折に靭帯損傷。首筋、肘、膝、腰、何処も古傷だらけの満身創痍。まあ、馬鹿のやる仕事だよ。レスラーなんて。  いつまでも続けられるものじゃないのは分かっているんだ。 「なあ、マダラ」  控え室から出ていこうとする女帝を呼び止める。 「あ? 何か用か」  ジロリと睨まれる。 「ああ、頼みがある」  剃った頭に被せたタオルから汗が滴る。 「近いうちに一回、真剣勝負(セメント)がやりたい。なるべく強いヤツとだ」
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