カマセ犬の唄

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真剣勝負(セメント)? ほーう、言うじゃないのさ。いいよ、相手なら心当たりがある」  にんまりと嗤う嫌らしい口元。ああ、分かってるさ。その顔は何か無茶振りを考えているときの面だ。何しろ観客を呼ぶためには一切の妥協をしない鋼鉄の銭勘定魂を持つ女だからな。  だが。 「真剣勝負(セメント)? おいおい、冗談じゃない!」  声を上げたのはドクターだ。 「ただでさえアンタの試合スタイルはゴツゴツのド突き合いなんだ。その首に抱える爆弾だって、元はと言えば『心中ドライバー』とかいう馬鹿な技を使ったのが原因じゃないか。これ以上無理をしたら……」 「正月恒例、帝都ドームで年に一度のビッグイベント『レッスルカーニバル』だよ」  マダラが無理矢理、ドクターと俺の間に口を挟む。ドクターは『はぁ』と大袈裟にため息をついていた。 「テレビが生中継を始める都合で、セミファイルマッチの前に15分から20分くらいの休憩が入るんだ。だから休憩前にが欲しくてさ」  長い休憩はどうしても観客の興奮を冷ましてしまう。だが、テレビが会場を映したときに『熱』が伝わらないと視聴者がチャンネルを変えてしまう恐れがある。だから休憩前に『ガツン!』と余韻が残る試合が必要……か。 「アンタなら適任だよ。で……相手だけど、『エル・ピーカロ』でどうだい? 次のシリーズから参戦予定なんだ」 「いや、それはちょっと!」  割って入ったのは新進気鋭の若手レスラー、省吾だった。 「ヤツは僕のメキシコ修行時代からの知り合いですが、何しろ手加減ってものを知らないんですよ! 相手や自分がどうなろうと『客が沸けば金になる』っていうスタンスで。そんなのを相手に真剣勝負(セメント)なんてしたら……」 「ああ、いいねぇ」  武者震いと、自然に溢れる笑みに嘘はない。 「奇遇だな。最近こそちったぁ相手に気を遣うが、俺も若いときはそうだった。ちょうどいい相手だ。それでいい」  いいな、それでこそ俺のプロレスができるってモンだ。 「ただし、条件が二つある」  マダラが指先二本を突きつける。 「ひとつ。観客が冷えるような塩試合しやがったら、ぶっ殺すからな」   「心配無用だ。真夏みてぇに沸かしてやるよ」  大丈夫、それなら自信はある。 「ふたつ。いくら真剣勝負(セメント)とは言え、死んだら興行にならんからな。もしも死にやがったら、ただじゃおかねぇから覚悟しとけや」  どうやって死人に追い込みかけるのか知らないが、墓石をハンマーで叩き割るくらいはするかもな。そいつは流石に勘弁願いたい。 「死ななきゃいいんだろ。それで十分」 「……約束は守れよ?」  隠しきれない笑みの漏れる俺の声を背に、マダラは控室から去って行った。
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