カマセ犬の唄

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 『前哨戦』は本番が近づくにつれて更にヒートアップを続けていた。 「よお、お前。何処までできるんだい? 何処まで耐えられる?」という徴発合戦。普通の技だけでなく、日本ではあまり使われない関節技やら飛び技も仕掛けてくる。こっちもこっちで日本流の根性比べを仕掛けていく。  ヤツのピーカロってリングネームはメキシコ語で『無法者』を意味するらしいが、その名に相応しく荒々しいファイルスタイルだ。  ひとつ々の技が重いし、まともに叩き込んできやがる。一回々意識が飛びそうになるが『馬鹿野郎!』とばかりに跳ね返す。  そんなこんなをしていたら、ヤツは悪役(ヒール)らしく、凶器(いす)を持ち出しやがった。  椅子で殴るのは凶器攻撃の定番だが、そういうときは「椅子の座面」で殴るんだ。そうしないと本気で頭が割れるから。プロレスラーの力ってのは常識外れだからな。  にも関わらず、ピーカロの野郎は分かっていて「座面の裏側」で殴ってきやがった。俺は額が割れて大流血になり、リフェリーも『これは危険』と判断したのか、『ピーカロの反則負け』を宣言した。  観客の大ブーイングの中、堂々と引き下がるピーカロに俺はマイクで怒鳴ってやった。 「てめぇ、こら! ザけんじゃねーぞ! 次のレッスルカーニバルでぶっ潰してやるから覚悟しろ、こらぁ!」  俺の気勢に観客は盛り上がってくれたが、ぶっちゃけコンディションは決して『良好』とはいえない。 「真鷹さん。身体、大丈夫ですか? レッスルカーニバルの本番を盛り上げるためとはいえ、前哨戦で無茶し過ぎですよ」  試合後、傷口を縫合する俺の前に省吾がやってきた。 「うるせぇよ。俺には俺のやり方があるんだ」  底冷えのする地方の控室。滝のように流れる汗が蒸発し、まるで水を掛けた焼け石みたいに全身から薄煙が立ち昇る。  が、しかし。  苛立って少しオーバーペースなのも分っちゃあいるんだ。 「俺だって馬鹿じゃない。まだ全力じゃねぇよ。……95%ほどだけどな」 「いや、それほぼ全力じゃないですか」  省吾は呆れてやがったが。 「ばーか。その5%が大きいんだよ」  と跳ね除けた。……が。    ……何て野郎だ。  ピーカロの『底』が全く見えない。まだヤツは余力を残している。もっと強く叩けるだろうし、今より強く叩いても耐える力を持っている。  マズいな。このままではマダラの思惑通り、マジで『ピーカロのカマセ犬』になりかねん。 「何でそんなに真剣勝負(セメント)に拘るんです?」  若い省吾には理解できないようだが。 「……俺の誇りはな、真剣勝負(セメント)なら負けねーってことなんだよ。だから台本(ブック)に従えるんだ。だが」  もしも『真剣勝負(セメント)で戦っても勝てない』となったら。 「ピーカロが言ってましたよ。『殺さなきゃいいんだろ?』って。シャレにならない試合になりますよ」  そう心配してくれるのはいいが。 「もう『制限時間』が近いんだ。『待ったなし』は俺の信条なんでな」  流血で真っ赤に染まったテーピングをバリバリ剥がすと、黒ずんだ指先が出てきた。
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