カマセ犬の唄

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 レッスルカーニバル、当日。  メインの世代交代を賭けたタイトルマッチや、セミファイナルの人気レスラー同士の一騎打ちも十分に話題だが、そのひとつ前。テレビの生中継が入らない俺とピーカロの試合もマニアの間では『究極のド突合い』と期待されているらしい。  悪くはねぇが、それだけプレッシャーがないわけじゃあない。塩試合したら殺されても文句は言わねぇ約束だしよ。  ゆっくりとウォーミング・アップを続け、身体を暖めていく。若い頃は筋肉や靭帯もしなやかだったが、流石に不惑を超えるとそうもいかない。十分に暖めておかないと断裂の恐れがある。もう、何度も経験したことだ。よく分かってることさ。  ひとしきり汗をかいてから、支度を始める。  学生相撲ではいいところまで行ったが、ガチンコ相撲は身体の負担が大きいし、スカされて土俵下にブチ落ちたりするからどうしても怪我が増える。  名の知れた部屋からの誘いもあったが、腰骨の怪我に完治の見込みがないことから大相撲の道は諦めた。 「……」  締め込み代わりのコルセットは、もはや俺のトレードマークだ。観客からはコスチュームの一部だと思われているみたいだが、実のところがないととてもじゃないが試合なんてできやしない。 《おぉと! 場外目掛けてダイブだぁぁ!》  控室のモニターに試合映像が映されている。客の暖まり具合やアップのタイミングを図るために付けてあるのだ。  やはりどのレスラーも普段より技が派手だし、展開が早い。そりゃそうだろう。レッスルカーニバルは客数も普段の10倍近いし、後でDVD販売もあるから気合の入りようがどうしても違う。  若手の力を借りて肘と膝にテーピングを施す。がっちり巻いておかないと最悪は脱臼もあるし、何しろ派手な試合が祟って関節の軟骨が擦り切れてるからな。痛くてロクに動かせない。  首と肩にも大きなテーピングを施し、固定していく。実際にはあまり効果はないかも知れないが、こうしておかないととても落ち着けない。  『ファンタジーを現実にする』のが俺らの仕事だが、そんな夢みたいな話は無いんだ。何かが必ず引き換えになる。  それをそうは見せないのが、プロとしての仕事ではあるけどよ。 「真鷹選手、そろそろ出番です! バックヤードまでお願いします」  タイムキーパーが呼びに来る。 「もうか? 早えぇな」  前の試合はまだ始まったばかりのはずだが。 「時間が押してます。テレビ中継に間に合わないんでマダラさんが苛立ってまして。悪役(ヒール)を介入させて反則を仕掛け、無理矢理切りあげるそうです」 「……俺の持ち時間は?」  ゆっくりと椅子から立ち上る。大丈夫、準備はできている。 「マダラさんからは10分以上、14分未満で決めろと」  台本(ブック)のある試合ならともかく、真剣勝負(セメント)だからな。試合開始と同時にガンガン行かないと、ヤツの無尽蔵なスタミナを奪えまい。  パン! とひとつ、顔を叩く。 「分かった。一世一代の大勝負をしてやるよ」
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