カマセ犬の唄

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《青コーナー! ルチャの怪物新星、エル・ピーカロぉぉ!》  リングアナのコールに、浅黒い剛腕が突き上げられる。ファンの声援も凄い。短期間で一気に人気レスラーになった証拠だ。  アディアは契約の関係で帰国するらしいが、ピーカロはシリーズ参戦を続けるし、人気が出れば契約金も跳ね上がる。ヤツとしてもここは譲れない試合なのは間違いない。漲る気合が対角コーナーから伝わってくる。 《続いて、赤コーナー! 猛犬野郎(サベージドッグ)、真鷹……》  コールの途中だったが一瞬だけピーカロに隙ができたのを、俺は見逃さなかった。 「うぉりぁぁ!」  一気に突っ込み、エルボーで場外目掛けて叩き落とす。 「おい、ゴング前だぞ!」  レフェリーが何か言ってやがるが、知ったことか。これは真剣勝負(セメント)なんだぜ? 「行くぞおらぁ!」  こっちもリング下に降り、ピーカロを捕まえる。そして反動を付けて場外の鉄柵に投げつけた。無論、全力でな。  ガン! と鈍い音がしてピーカロが鉄柵に背中を打ち付ける。足がもつれたところを見ると『予想外の力』だったとみえる。ざまぁみやがれってんだ。  だがピーカロのヤツも負けてはいない。すぐに立て直すと今度は俺を捕まえて鉄柵目掛けて投げ返してきた。 「野郎!」  やはりパワーが違う。ピーカロも前哨戦は手加減してやがったか。くそったれが、2割は上がってやがる!  このまま鉄柵にぶつけられると腰が持たない。咄嗟に鉄柵を飛び越し、そのまま放送席目掛て飛び込んだ。ガシャン! とテーブルの割れる音がする。 「1! 2! 3! ……」  レフェリーがリング上から場外カウントを数えている。  テレビの放映時間が決まっているからな。自由にはさせられまい。リングへ戻ると試合開始のゴングが高く鳴り響いた。  一気に湧く客席の歓声を背に、思いっきりラリアットで突っ込んでいく。  悪いな、今日は全力だからよ!  バチン……! と唸る本気の一撃に、さしものピーカロも顔をしかめやがった。 そうか、そこがお前の『底』なのか。よかった、お前も俺と同じ人間だと知れてよ。  さて、実を言うとだ。  俺にそこから先の試合展開がどうだったかの記憶は全く残っていない。まあ、白熱した展開ではよくあることだ。    普段は使わないような技も含めてその全てをつぎ込んだ……らしい。とにかく目が離せないラフファイトの応酬だったとよ。  あとで省吾に聞いたらピーカロのヤツ、俺がどんだけぶっ叩いても向かって来るから、『こいつ、痛覚が無いのかと思った』てさ。  だが時間は限られる。レフェリーが言うには終盤で俺の耳に「マダラさんが焦っている! あと1分でどうにかしろ」と囁いたんだと。  で、次の瞬間。不意打ちの頭突きでピーカロがフラついたのを見てニタリと嗤ったらしいんだ、俺が。「ヤバいと思った」ってレフェリーが言ってたよ。  こいつ、あの『心中ドライバー』を使う気だって。
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