十三番のお客様

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 「いらっしゃいませ」  「……ブレンドコーヒーを」  「かしこまりました」  「今日は、彼はいないの?」  「あぁ……はい。急用みたいで。後ほど出勤します。ですがコーヒーの味には遜色ないかと」  「……そうみたいね」  佐渡さんは静かに視線を上げて、カウンターの方に目を動かした。まるで先日の独白はなかったかのような態度に、緊張して強張っていた背筋がほぐれる。  今日は少し特別だった。急遽マスターの代わりに、コーヒーの淹れ方について唯一お墨付きを貰っている副店長が入り、それから私と林先輩の三人でお店を回している。副店長はあまり出勤することはないけれど、常連さんともなればその味を知っているのかもしれない。  「高瀬ちゃん」  「林先輩。どうしました?」  カウンターに戻り副店長に注文を伝えたところで、声をかけられた。くいくい、と袖を引っ張られてその場を離れる。  容姿も中身も少しチャラチャラしているところはあるが、何だかんだいい先輩だ。彼の耳元にかかるフープピアスのシルバーに視線を移すと、あのさ、と低い声が空気を揺らした。  「十三番テーブルのお客さん、来てんの?」  「はい。先程注文を受けました」  「それ、俺が持って行ってもいい? 常連さんみたいだけど、タイミングが合わなかったのか俺一回も見かけたことなくてさ。気になんだよね」  佐渡さんの担当が私であるということは何となく気付いているのだろう。潜められた声に合わせて私も小声で返事をする。副店長は作業に集中しているし、カウンター席に座る奥川さんも広げた文庫本に夢中だ。こちらの様子を気にかけてはいない。少し、悩んだ。  「別にいいっしょ? イケメンの客が来たら接客代わってあげっからさ」  「はぁ……や、それはどうでもいいですけど」  副店長から声をかけられて、振り返ると佐渡さんのコーヒーが用意されていた。私が止めるよりも先に、彼は颯爽とお盆を運んで行ってしまう。  その背中を見送りながら、マスターの穏やかだけれどどこか圧のある笑みを思い出して、ごくんと生唾を飲み込んだ。
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