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三ツ矢瀬名。十七歳。男。
背は百五十五センチと低い方だが、学校では強面で通っているオレは、特に群れるような事も無く、これまで一匹オオカミとして過ごして来た。
友だちを作りたくない訳では無い。
むしろ友だちをたくさん作ってバカ騒ぎして、青春を謳歌したい。
だが、この見た目のせいで誰も寄って来ない。
この三白眼がいけないんだろうな、きっと。
ちなみにオレは、クラスメイトから『喧嘩が強そうだ』とは思われているようだが、そんなことは無い。
街を歩く不良が勝手に避けて行くだけで、喧嘩自体したことも無い。
警察官に職質された事だって、一度や二度じゃない。もはや月イチだ。
他人に言わせると、オレの目は人殺しの目だそうだ。何でこんな強面の顔に生んだかな。恨むぜ、両親。
そんなオレだからこそなんだろうな、こんな特殊な趣味に目覚めたのは。
オレは初めて訪れた渋谷の街をイケメンに手を引かれて歩きながら、鏡を見た。
そこには化粧バッチリ。黒いゴスロリ服を着た可憐な美少女が居た……。
◇◆◇◆◇
「どうやら追っては来ないようだな。良かったね、お嬢さん」
「ありがとうございました、助かりました」
ほんの数分前。
三人組のチャラ男に強引にナンパされたオレは、たまたま通り掛かった同い年くらいのイケメンに庇われ、現場から脱出できた。
それは、黒パーカーに黒のジーンズ。黒のライダースジャケットを羽織った、頭から足先まで全身黒尽くめの、オーラが漂ってきそうなほど整ったイケメンだった。
お礼にこうして小洒落たカフェでお茶をすることになったのだが、『人に庇われる』なんて経験をしたのは生まれて初めてだ。
にしても、なんてお洒落なお店だ。コーヒー一杯で千円越えるなんて、信じらねぇぜ。
「なぁに、大したことは無いよ。美人は大変だね。渋谷は初めてかい? あの辺りは治安が悪いから、あんまり近付かないことだ」
「困ったな。わたし、あの先にあるギャラリーに行きたかったんですけど」
「なるほど。じゃあ、ボクが付き合ってあげるよ。ボクは……黒猫とでも呼んでくれ。みんなそう呼んでる。よろしく」
「よろしくお願いします、黒猫さん!」
イケメン、お前、なんていい奴なんだ。友だちになりたいところだが、素顔だとお前も逃げて行くんだろうな、きっと。
◇◆◇◆◇
妙に波長が合ったようで、これがきっかけでオレは定期的にイケメン――黒猫と会って遊ぶようになった。
黒猫は渋谷に詳しく、街の隅々まで色々知っていたが、彼もまた孤高の存在らしく、界隈で密かにファンが多いようだが群れていることは無かった。
そして――。
「わたし、今日が最後なんだ、渋谷に来るの。来年は受験生になるから」
その年の十二月の、ある週末。
オレは、ゲームセンターで三千円投入してやっと取れた全長五十センチもある大きな白猫のぬいぐるみを抱っこしながら、ずっと言えなかった事を黒猫に打ち明けた。
ちなみに今日のオレの服装は白ゴスロリだ。クリスマスっぽくていいだろう?
渋谷に来るようになって、オレの女装コレクションが加速度的に増えた。
帰宅する前に着替えているし、オレの部屋の中は不可侵となっているので家族の誰も知らないが、クローゼットの中は既に九割、女装関係だ。
見つかったときがオレの家出の時だと覚悟している。
「そっか、セナちゃんも来年受験か」
「うん。だから黒猫さんに会えるのも今日が最後。年が明けたら受験勉強に専念しなくちゃいけないから」
「それは寂しくなるな。でも、確かにボクも、来年は勉強に専念するだろうからこうして遊んでいられなくなるだろうな。残念だけどしょうがない。……そうだ! お互いを忘れないよう、最後にプリクラを撮っておこうよ。ね?」
「ナイスアイディア!」
こうしてオレと黒猫は、一緒の写真を撮った。
半年一緒に遊んだが、プリクラを撮ったのはこれが初めてだ。
むしろ、オレは元の姿のとき誰とも撮ることが無かったので、プリクラ体験自体これが初めてだった。操作に関しては完全に黒猫任せだ。
「セナちゃんみたいな可愛い子がプリクラで写真を撮るのが初めてって、俄かには信じられないね」
頬をピッタリ寄せ合った写真を楽しそうに眺めながら、黒猫が笑う。
お揃いで買ったスマホケースに写真を貼る黒猫を見て、オレもスマホケースに貼ることにする。
ちなみにケースの色は、黒猫が黒でオレが白だ。
これなら男女どちらが使っても不自然に思われなくっていいだろう?
「うん、中々良く撮れてるな。ボクもこの写真を励みに受験勉強を頑張るよ。桜が咲いたらまた一緒に遊ぼう!」
「うん。お互い頑張ろうね。また!」
再来年の春、無事二人して桜が咲くことを祈りつつ、オレたちは渋谷駅前の雑踏の中、別れた――。
ところが。
オレと黒猫は、思い掛けなく早いタイミングで再会することになる。
より正確に言うと、わずか数日後。終業式の日のことだ。
キーンコーンカーンコーン。キーンコーンカーンコーン。
「各自、年が明けたら受験本番になると思って勉強を頑張るように。年末休みなんか無いと思え。ここでスタートできないと、グダグダ最後まで行ってしまうからな。じゃ、解散!」
先生の挨拶を聞いたオレは、終業式を終えて三々五々教室を出て帰宅の途に就くクラスメイトたちを横目で見送りながら、机の中の荷物を整理していた。
あぁもう! 早めに机の中を整理しておけば良かった。
見ると隣の根暗女子も同じタイプらしく、オレと同じく慌てて机の中を整理している。
「あ、やべ」
机の奥に突っ込んでいたスマホが転がり落ちるのを、隣の席の根暗女子が無言で拾ってくれる。
前髪をスダレにして目がすっかり隠れた根暗女子。
確か、黒田美弥とか言ったっけ。
「お、ありがとな、えっと……黒田だっけ?」
隣の席になって三か月。クラスメイトになって九か月。喋ったのはこれが初めてだ。
オレにスマホを渡そうとした黒田の動きが止まる。
黒田がスマホケースに貼られたプリクラ写真をまじまじと眺めている。
「これ、ひょっとして……」
「あ?」
黒田が自分の真っ黒なスマホケースをバッグから取り出し、オレに向かって差し出す。
そこに貼ってある見た覚えのあるプリクラ写真。
っていうか、オレのスマホケースに貼られたのと全く同じ写真だ。
「黒田! お前、ひょっとして黒猫さん……か? あ! 黒田美弥だから黒猫なのか!」
「三ツ矢くん、瀬名って……そのまんまだ。セナちゃん……」
「お、おう……」
しばらく揃って絶句していたオレと黒田は二人してポツンと呟いた。
「化けたねぇ……」
「化けたなぁ……」
思わずハモる。
こうして再び意気投合したオレと黒田は、その後、彼氏と彼女として正式に付き合って行くことになるのだが、どちらが彼氏でどちらが彼女かは言わぬが花ってところだろう。
END
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