今日のお店

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今日のお店

 人混みの中を行き交い、俺は雑居ビルを横目で見る。焼肉、焼き鳥、イタリアンにフレンチ。様々なレストランが軒を連ねている。さらに西側、虎ノ門ヒルズ方面へ歩きながら、俺は鼻を上にむけ、空気を吸う。  狸は目は悪いが、鼻が良い。森に住む狸は嗅覚を頼りに、地面に落ちた果実や、落ち葉に隠れた虫を食べていた。  その能力は街でも役にたつ。  美味い店は匂いも美味い。そのことを俺は知っている。  しばらく道なりに行くが、ふと香ばしい匂いを感じた。匂いを辿って、小道を歩くと目の前に赤提灯のかかったお店があった。  雑居ビルの間に挟まった、小さな店だ。障子を模した扉からは、和風の雰囲気を感じる。  扉の横には赤提灯が掲げられ、そこには筆で店名が書かれているものの、達筆すぎて『焼き鳥』以外の部分が読めない。  まあ、味が良いなら店名なんてどうでも良い。それに焼いた鳥は好きだ。ネギマも悪くない。 「ここにするか」  入り口の引き戸を開けると、店内の熱気が外へと漏れ出す。そして肉の香りが濃厚に漂ってくる。  戸口を跨いで中へ入ると、細長いカウンター席が右手にあるのが目に入る。席の多くは仕事帰りらしいサラリーマンが座っている。通路を挟んで左手は座敷になっていて、四人ずつ座れるよう仕切りで区切られている。 「らっしゃい! 一名様ですか?」  黒いTシャツのスタッフが、声をかけてきた。  頷くと、カウンター端の空いている席を案内された。木目調のテーブルは綺麗に片付けられている。おしぼりと水を置かれ、さてとメニュー表を見る。  モモ、皮、レバー。定番の品が紙面に並んでいる。肉は宮崎から直接仕入れた物らしい。どれも美味しそうだから、とりあえず目についたものからどんどん頼むことにする。  手を挙げ、店員にメニュー表を見せつつ、何本か頼む。  なあに。金ならどうとでもなる。  調理場に向かっていった、店員の後ろ姿に俺はほくそ笑んだ。
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