虫のいい話

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 彼女が死んでしまってから一年が経ち、また夏がやってきた。  僕は未だに小さな世界に閉じ込められていて、ここから出られる目処は立っていない。  今日は久しぶりの雨が降っていて、湿った空気が病院内を包んでいた。聞こえるのは、看護師さんが忙しそうに廊下を歩く音と、激しい雨が屋根に打ち付けられる音だけで他にはなにも聞こえない。 夏の間あれだけうるさく鳴いているセミたちの声が雨の日は一切聞こえない、という彼女の話は本当だったと言うわけだ。  僕の目から涙が溢れ出てきたのはその時だった。一度流れた涙は、止めるべきタイミングを見失い止めどなく流れ出てくる。  次第に僕は大きな声を出して泣き始める。  まるであの夏に狂ったように鳴いていたセミのように。
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