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しばらくして、閃いたように彼女が突然口を開いた。
「どっちかっていうとさ、今のわたしはセミみたいだ」
「なんでセミなの?」僕はそう言ってから、訊いた事をすぐに後悔した。少し考えれば分かることだったのに。
「だってほら、わたしの寿命も残り少しじゃん。お揃いっていうこと」彼女はやつれてしまった顔をこっちに向けた。「ねぇ。セミがなんで雨の日に鳴かないのか知ってる?」
「さあね。セミが雨の日に鳴かないって言うのも知らなかったし、意識したこともなかったよ」
彼女はそれを聞いて、わざとらしく大きな咳払いをしてから得意げに語り始めた。
「セミが鳴いている理由は求愛行動のためなんだって。オスが鳴くことで、メスに自分の位置を知らせて飛んできてもらうって言うわけ。でも、雨が降ると羽が濡れちゃうから飛べなくなるの。つまり、雨の日にどれだけ鳴いてもメスは飛んできてくれない。そのことをオスは分かっているから雨の日は鳴かないんだよ」
彼女は区切るように大きく息を吐き出して、呼吸を整える。
「君は生まれ変わったら何になりたい?」
その質問に僕はしばらく答えることができなかった。最終的に口から出たのは、一番初めに浮かんだ彼女を傷つけてしまうかもしれない答えだった。
「生まれ変われるなんて思っていないよ」僕は彼女から目線を逃がして、まくしたてるように続ける。「死んでしまったら無になると思う。ずっと寝ているのと同じ状態で、あるのはただの暗闇だよ。もしかしたら、自分が死んでいることにすら気が付かないかもしれない」
どうしてこんなひどいことを言ってしまったのか分からない。きっと、僕は死ぬことを恐れていたんだと思う。だから、彼女が死に対してさほど恐怖を抱いていないのが羨ましかった。
彼女は少しの間、黙っていた。背中を向けてしまっていたため彼女がどんな表情をしているのかは分からなかった。頬を膨らませて怒っているかもしれないし、呆れて声も出ないのかもしれない。もしかしたら、泣きそうな顔で唇を嚙んでいるのかもしれない。
後悔の念に駆られる僕に、彼女は言った。
「君は優しい人だから、きっともう一度人間になれるってわたしは思うな」
その包み込むような優しい声音に、僕は今度こそ何も言うことができなかった。
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