化粧

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化粧

 今日はブラウンのアイシャドウ。  薄めの色でね、あんまり目立たないやつ。  近付けば「あ、化粧してる」って分かる程度だと思うんだけど、いつもこっちのことを注意深く見ている、あの人にはすぐにバレちゃった。    そんなわけで、朝のホームルームが始まる前の生徒指導室に連行されたのでした。大好きな、あの人に。  好きなのは好きだけど、理不尽な指導には抗議します!  やられっぱなしを我慢するのは、愛じゃないもんね! 「先生! どうしていつも怒るんですか?」 「……その、まぶたの化粧に問題があるからだ」 「どうして? 英語の田口先生だって塗ってるじゃないですか! 大人は良くて、生徒は駄目だっていうのは納得出来ません!」 「……だが、そう校則で決まっていて……」 「あ、もしかして、僕がこんなことするから怒るんですか?」  僕は自分のまぶたをそっと撫でる。 「男が化粧するから、変だって怒ってるんでしょう!?」 「はぁ!?」 「男が化粧したら駄目って決まりあるんですか?」 「あのなぁ……」  僕の好きな人、生徒指導の先生は息を吐く。 「俺は、校則を守れって言ってるんだ! 男とか女とか関係ない! この学校の生徒は化粧するのは禁止なんだよ!」  そう言いながら、先生は化粧を拭き取るシートを僕に差し出してきた。 「今すぐ、落としなさい」 「ええっ!? そんな、僕のすっぴんを晒せって言うんですか!?」 「晒すって……そんな大袈裟な」 「大袈裟じゃない!」  化粧を始めたのは二年になって、先生のことを好きになった日から。  この高校に新しく来た先生に、一目惚れしたあの日から、僕は自分磨きを始めたのです。  それが見つかるたびに、僕はこの部屋に連れてこられる。もう常連です。  ……正直に言うと、ここで二人っきりになれるから、その時間も好きなんだけど。 「……女子だって、ファンデーション塗ってるのに」 「何?」 「知りませんか? ナチュラルメイク。すっぴんに見えて、実は化粧して化けてるんですよ?」 「な……」  先生はぽかんと口を開けたまま固まった。  まったく、こういうのを取り締まっているわりには、こういうのに疎いんだ。   「あーあ。せっかく綺麗に塗れたのになー」  僕はシートを受け取って、自分のまぶたに押し当てた。  じゅわっとアイシャドウが溶ける。  さよなら、朝の努力。 「……お前は素顔が一番可愛いだろ」  ん?  聞き間違い?  僕はシートを払いのけて先生を見た。  先生の顔は、ちょっと赤かった。 「先生! 今、なんて言ったんですか!?」 「な、何も言っていない!」 「嘘! 僕と付き合いたいって言ったでしょ!?」 「言っていない!」  先生の顔はどんどん赤くなる。  その顔のまま、僕の手からシートを奪い去った。 「ほら、化粧を落としたなら教室に戻りなさい!」 「えー! 先生がもう一回、さっきの言ってくれたら戻ります!」 「だ、誰が……」 「先生、僕、可愛い? すっぴんの方が好み?」 「早く戻るんだ!」  僕は生徒指導室を追い出された。  先生、耳まで真っ赤だったな。可愛い! 好き!  ちょっとでも、僕のことを意識してくれているなら嬉しいな。  化粧、しなくても良いのかも……。  けど、急に化粧を止める勇気が出なくて、翌日、僕は薄くファンデーションを塗って登校した。  絶対にバレないって思ったけど、先生、すぐに僕を捕まえていつもの生徒指導室に連れて行くんだもの。  どれだけ、僕のこと見てるの!? 好き!  明日は、どうやって化けようかな。  しばらく続きそうな追いかけっこを想像して、僕は心の中でこっそり笑ったのだった。
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