3人が本棚に入れています
本棚に追加
「宅ぼん、気持ちは嬉しいが、この話は勢いで決めないでくれ。しおりさんとも相談してくれ」
宅ぼんは握っていたジョッキを、テーブルにドシンと置いた。
「あいつの答えはわかっている。好きなようにやりなさい、と言うさ。いいか、この話を他の奴に持っていくな。これは俺のための役なんだ。ところで、きんちゃん、台詞はあるんだろうな?」
宅ぼんはにやりと笑った。
「ああ、もちろん。ちゃんとエンドロールに役名つきで宅ぼんの名前が出る」
「それだけ聞けば十分だ。さあ、乾杯しようぜ」
「その前に、確認したいことがある。宅ぼんは泳ぎはできるんだな?」
「当た棒よ。こちとらガキの頃は水泳大会で鳴らしたもんだ。潜水もお手のものよ」
宅ぼんの心意気に賭けることにした。
いよいよリンチシーンの撮影の日がやってきた。夜になり、若杉の子分たちがトラックに乗って波止場まで来た。あたりに人がいないのを確かめて、蜂谷をトラックから降ろす。
「おい、蜂谷。間宮のオンナのやさを言え」
「何度聞かれても同じだ。知るか!」
「お前は間宮の運転手をしているんだから、知らんはずはない」
「知らんもんは知らん!」
「よし、海に突き落としてやれ!」
両手を後ろ手に縛られたまま、蜂谷は波止場の先へと歩かされる。波止場の先端に来た。
ここで助監督が、宅ぼんの腰に細い紐をつけた。三回浮上したあと、潜水し、海面が静かになり撮影が終了したら、この紐を引く。それを合図に宅ぼんが上がるのだ。宅ぼんには、万一溺れそうになったらこの紐を引けばすぐに助けに行くと、助監督が言い含めている。そのときは撮影中止だ。宅ぼんは「フィルムを無駄にはせんよ。任せておけ」と笑顔を見せた。
「蜂谷、悪く思うな。やれ!」
子分たちは蜂谷を海に突き落とす。
ザブーン
カメラが海面に寄る。
いったん沈んだ蜂谷が海面に浮かび上がる。
ゲホッ
最初のコメントを投稿しよう!