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その蜂谷の死体を、間宮組本部の玄関前に放り出す。それを発見して涙を流した間宮組の組員たちは、若杉組に殴り込みをかける。
俺はこれだけでは迫力がないと思った。そこで、蜂谷が波止場から海に突き落とされるシーンを考えた。蜂谷は突き落とされて海面でもがいたあと、沈んで死んでいく。これを十分間ワンカットでやりたい。途中でカメラを切り替えると、観客は当然絵を繋いだと思い、迫力がなくなってしまう。突き落とされた蜂谷がもがいて海面に上がって来ては沈むのを三回繰り返し、最後に沈んで行き海面が静かになるさまをワンカットで追ってこそ、観客を恐怖のどん底へ叩き落すことができる。それがうまく行けば行くほど、あとの殴り込みへと心情的に繋がるのだ。
しかし、この案を示すと、間宮組の子分蜂谷に扮する俳優竹田が、首を縦に振らない。
「監督さんよう、十分間は無理だ。十分間ワンカットで撮るなら、ごまかしようがない。下手すると本当に死んでしまう。スタントを使って、繋いで撮ってくれ」
俺はそこは妥協したくない。
「いや、ここはワンカットだから迫力が出るんだ。カットを割って繋いだら、スタントを使ったとばれてしまい、お客は白けてしまう。大変だと思うけど、やってほしい」
「冗談じゃない。それなら俺は降りる」
竹田は本当に役を降りてしまった。
翌日、俺は撮影終了後、宅ぼんを居酒屋に誘った。
宅ぼんに事の次第を説明し、アドバイスを求めた。
「宅ぼん、俺はどうしていいかわからなくなった。もとのホンのまま撮影するか、それとも大部屋で竹田の代わりを捜すか、どう思う?」
宅ぼんは目をむいて俺を真っ直ぐに見つめた。
「そんなの決まってるじゃないか。俺を忘れていないか。俺がその役をやるよ」
俺は半ばその答えを期待していたのだが、同時に危険過ぎるかもしれないという不安もあった。
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