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「会社としても、事故を防げなかったことをお詫びします。この上は、奥様へ慰謝料をお支払いし、今回の映画は撮影中止と致します」
それまで下を向いていたしおりさんは顔を上げて、目を据えてプロデューサーをじっと見た。
「それでは宅ぼんの死が無駄になります」
「しかし、世間が許しません」
「世間が何と言おうと、私は撮影を続けてほしいんです。この映画を完成させて、宅ぼんに報告したいんです」
しおりさんは私に向き直った。
「浅井監督、いえ、きんちゃん! きんちゃんには、私の気持ちがわかるでしょ。宅ぼんの気持ちも一緒だって。きんちゃんからこの仕事を受けた日、あの人帰って来てから言うんですよ。きんちゃんが頼むんだ、俺に断れる訳がない。それに、俺にとっても大チャンスだ、必ずものにして見せる、そう言って喜んでいたんですよ。知っていましたか? あの人鉄砲玉だったんです」
「えっ、それどういう意味ですか?」
「あの人泳げなかったんです。なのに、あの役を受けて……。このままこの映画が流れたら、あの人がかわいそう過ぎる……」
俺とプロデューサーはお互いを見つめ、「やろう」とうなずき合った。
「奥さん、お気持ちよくわかりました。この五島はたった今撮影続行を決めました」
しおりさんの両目に光る涙を見て、たまらず俺も言った。
「申し訳ない。しおりさんのおっしゃる通りです。宅ぼんの気持ちより世間体を考えていた自分が恥ずかしい。かくなる上は、世間が何と言おうと、映画を完成させます。見ていてください」
葬儀の二日後、北映は記者会見を行った。俺とプロデューサーは、記者たちの詰問じみた問いに、「亡くなった海野宅三の奥様の意志に従い、映画を完成させることが海野君への供養になると思います」と答えて乗り切った。
それから半年、無事撮影は終了した。
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