鉄砲玉

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「いつか、あいつは化けたと言われたいなあ」  それが海野宅三、通称宅ぼんの口癖だった。北映映画の大部屋俳優になって十四年、いっこうに芽が出ない。  そういう俺、浅井錦二も、北映の助監督になって十八年になるが、まだまだ一本立ちはできない。  暇さえあれば二人で安い居酒屋でおだを上げるのが、唯一の憂さ晴らしだ。 「きんちゃん、川上組は今度何のシャシンを撮るんだ?」 「ああ、宅ぼんにまだ話は来ていないのか。『勝者なき戦い―横浜抗争七十日』だ」  宅ぼんの目が輝いた。 「そうか。組長の手記がベストセラーになったあれをついにやるのか」 「そうなんだ。河西さんのホンが完成して、川上親分は来月にもクランクインしたいので、ロケハンを始めている」  宅ぼんは悔しそうな顔をした。 「俺もやりてえ」 「大丈夫。宅ぼんには仕出しの仕事は必ず来るよ。宅ぼんの捨て身の演技は、親分にも評判がいいんだ」  宅ぼんはあまり嬉しそうじゃない。 「宅ぼん、どうしたんだ? 必ず仕事を回すから心配するな。俺が親分にプッシュするから」  宅ぼんはジョッキを一気に空けて、追加を注文した。 「きんちゃん、ありがとうな。だけど、俺は早く仕出しから抜け出して、台詞のついた役をやりてえ。だが、俺は顔は悪いし、がたいもそれほど大きくもないし、器用でもない。このごろ焦ってきてな。俺も三十二になってしまった。去年一緒になった女房のしおりの顔を見ていると辛くてなあ」  俺もジョッキのお代わりを注文した。 「その気持ちはよくわかる。俺だってジョカンを抜け出して、監督として一本撮りたい。俺ももう四十歳。焦っているのは俺も同じだ。お互いにここが辛抱のしどころだ。諦めずにがんばろうぜ」  俺達は何度目かの乾杯をして、店を出た。  それから一か月後、予定通り、川上親分のもと、『勝者なき戦い』がクランクインした。 
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