助手席の狸

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男の名前は、辻堂誠といった。 職業はトラック運転手。 自分を拾った時も仕事の帰り道だったようだ。 男には、息子と妻がいたが離婚して今は離れて暮らしている。 離婚した理由はすぐ知れた。 酒癖が悪いし、けんかっ早いし、ギャンブルもする。 よく言う結婚には向いていないタイプだったのだろう。 「タカシ」というのは、男の息子の名前だった。 トラックの助手席で写真を見せてもらう。 「あんまりマコトさんに似ていませんね」 「母親似なんだよ。息子っていうのは母親に似ることが多いんだと」 「そうなんですか」 写真をもう一度見る。 「でも目元はマコトさんに似ていますね」 そう言えば「そうか?」と照れたように笑った。 最初、男は助けた狸が息子の姿で現れたことに、面喰い戸惑っていたが、受け入れるのも早かった。 何か恩返しをしたいと言うと、困った顔をされ、しばらく悩んだ末に言われた。 「トラックの助手席に乗っていてほしい」 拍子抜けする。 「そんなことでいいんですか?」 「息子乗せて、トラック走らせるの夢だったんだよ。でも赤んぼの時に嫁が連れて行ってしまったからな。俺のせいだけど」 「そうでしょうね」 「…はっきり言うなあ」 「すみません」 「いや、その通りだからいいんだ」 横顔がひどく寂しそうで、だから言ってしまっていた。 「わかりました。あなたが望むまで横に乗っています」 それから、男のトラックの助手席に乗って色々なところへ行った。 海も初めて見た。 あまりにも大量の水が恐ろしくてすぐ車の中に逃げ込んでしまったけれど。 男はそんな様子に大笑いしていた。 日中の昼間の子連れに不審に思った人間に声をかけられたこともあった。 それ以来、知らない人間が近くにいるときは、狸の姿に戻ることにしている。 丸まっていれば、ペットの犬かなにかと勘違いしてくれるからだ。 だから高速を走っている時が一番いい時間だった。 誰の目も気にしなくていいからだ。 「ちょっと煙草買ってくるわ」 男がそういって、サービスエリアに止めた車から下りていく。 その後ろ姿を見ながら思う。 別に隠さなくてもいいのに。 男が息子に手紙を出し続けていることは知っていた。 車に乗っている以外の時間、家事をするようになって、何度かテーブルに出しっぱなしの便箋と封筒を見かけたことがある。 男が息子や妻と会っている様子はない。 離婚というより、絶縁されているのかもしれない。 もちろん返事が返ってきたことはないはずだ。 あちこち転々としているから、返事が出しようもないとは思うが。 息子に返事のない手紙を出しながら、息子の形をした獣と一緒に居続ける男は何を思っているのだろうか。 戻ってきた男が、ジュースをくれる。 何処か、後ろめたさを滲ませた表情に、複雑な気持ちになる。 そんな自分にも戸惑った。
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