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女性は盆の上にお茶と菓子をのせて現れた。菓子は、いとこが送ってくれる雑誌でしか見たことのない、ウエハースだった。
「まずはお茶をどうぞ」
私はのどの渇きを思い出し、お茶を一気に飲み干した。緑茶ではなかった。不思議なにおいがのどや鼻を満たして、体の中にしみこんでいった。
私はおなかがすいていたことも思い出し、ウエハースに手を伸ばそうとした。しかし女性はそれをさえぎった。
「まだ、やめておきましょう。あなたはおうちにお帰りなさい」
「でも僕、道がわからないんだ」
「大丈夫よ。ちゃんと案内してあげます」
女性は、障子をあけて外を指さした。金色の糸が、垣根のように連なって、先まで伸びているのがわかった。
「あれをたどっていけば、あなたの村に帰れます」
女性は僕の背中を押した。玄関で脱いだはずの靴がちゃんと縁先にそろえておかれてあった。僕は靴を履いて、外に出た。
「また会えるといいわね。さようなら」
女性はそう言ってくれた。
「さようなら」
僕も挨拶をして立ち去った。
金色の糸はどこまでも続いていたが、村が近づくにつれてだんだんと細くなっていった。
裏山から村が一望できるようになった地点で、糸はすり切れてなくなっていた。
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