ヨシタケさん

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 私は、漢方医の息子、ヨシタケさんに預けられることになった。ヨシタケさんは帝国大学を出て都会で開業医をしていた。翌日まだ夜も明けないうちに、私は荷馬車に乗せられて、駅に連れていかれた。母と祖母が荷造りしてくれた風呂敷を抱いて、私は一人で汽車に乗った。 駅のホームでヨシタケさんが待ってくれていた。真っ赤な鳥打帽をかぶり、私の名前を書いた半紙を胸に掲げてくれていたのですぐに分かった。三十代後半の、温厚そうな男性だった。五年前に奥さんを亡くしたために、私が学校に通いながら家事や医院の手伝いをすることになっていた。 「大変だったね」 「あの、僕はどうなったんですか」   「君はね、迷い()に招かれたんだよ」 「迷い()?」 「ああ。昔話に聞いたことはないかい? 山で迷った青年が、立派な屋敷を発見する。そこには美しい女の人がいて、一夜の宿を貸してくれて、素晴らしいもてなしをしてくれるんだ。後日、青年がその家を探そうとするけれども、どんなに探しても決して見つからないって話」 「童話でよんだことはあります」 「童話かあ。教えてもらってなかったか。まだ君は招かれる年だと思われてなかったんだね。あの村には、迷い()の言い伝えがあるんだよ。迷い家に招かれた青年には、種が植えつけられるんだ」 「種?」 「そう。キノコのね」 「キノコ? あの人、キノコなの?」 「そう。サルノコシカケって知ってるかい? あのキノコが何百年も生きると霊力を持つんだよ。霊力を持ったキノコは不老長寿の薬になるから、人間に見つかると狩られてしまうんだ。だから人間の気配を感じると迷い家に化けてやり過ごす。迷い込んだ人に種を植え付けて、新しい土地で芽を出すこともある」
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