ヨシタケさん

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「ぼ、僕、種を植えられたの?」 「お菓子は食べたかい?」 「食べてない」 「じゃあ大丈夫だ。お菓子がね、種なんだよ」 私はぶるぶると寒気がした。あの人が、そんな恐ろしいことを考えていたなんて。 「でも僕、お茶を飲んじゃった」 「お茶、飲んじゃったかあ。お茶はね、菌糸をからめて作るらしいから、キノコの声が聞こえやすくなるんだよ。キノコの声が聞こえたら、教えておくれ」 そういうと、ヨシタケさんは優しく微笑んだ。 ヨシタケさんの家は医院の二階が住居になっており、私はそこから学校に通い、家に帰ったら掃除、洗濯を行った。通いの女中さんもいたので仕事はそんなに大変ではなかった。 二人きりで夕飯を食べるときなど、ヨシタケさんは時々聞いてきた。 「キノコの声は聞こえるかい?」 「いいえ」 「そうか。残念だなあ。いっそお菓子を食べていれば研究もできたのに」 「実験動物みたいに言わないでください」 「ははは、冗談だよ」 ヨシタケさんとの生活は穏やかだった。虚弱だった私は学校を卒業した後も仕事にはつかず、書生としてヨシタケさんの世話や、病院の雑務をこなした。 母や祖母からは手紙が来た。村で起きたことを細々と記してくれた後、必ず 「お前に会いたくて仕方がないが、村のおきてにより会うことができない。どうか元気でいておくれ」 と結ばれていた。その手紙をヨシタケさんに見せると 「迷信深い村だから。だから僕も帰る気にならないんだよ」 と笑っていた。 実は、キノコの声は時折届いていた。私はしばしば発熱をして寝込んだ。そんな時どこからともなく、私の額を優しく触るものがあった。 ダイジョウブ? ダイジョウブ? 熱に浮かされた夢の中でそんな声が聞こえた。とてもやさしい声だった。遠い遠い山の向こうから、ラジオの電波を受信するように、私はキノコの声を聴くことができた。
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