出征

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家は、あった。以前とはちがい、農家の形をしていた。出迎えてくれた女性は絣のモンペを履いていた。 「時節に合わせてみましたの。どうぞお入りになって」 私は前と同じように、女性に導かれて家に入った。独特な香りに包まれながら、客間に通された。 「ずいぶん大きくなられて。」 女性は優しい声で言った。 「あなたはお変わりがないようで安心しました」 「ふふふ。もう、五百年は生きておりますもの」 女性は笑いながら、菓子とお茶をすすめてきた。 「どうぞ。今日はお菓子も召し上がって」 菓子は、小さなかき餅だった。よく母と祖母が焼いてくれたものに似ていた。 「戦地に種をまきにいけということですか」 「いいえ。帰ってきてください。この菓子は私の一部。不老長寿の妙薬ですわ。必ず役に立ちます」 私は菓子を食べた。湿っているのに埃くさい、熟しているのにさわやかな、表現しがたい香りが口いっぱいに広がり、溶けていった。 「遠くへ行ってしまわれるのですね」 「はい。南洋です。赤道付近の島と聞きました」 「きっと声は届かないわ。どうかご無事で」 菓子をいただいてから半日もしないうちに右肩がむずがゆくなった。そっとシャツを脱いで確かめると、ぽこりと大きな虫刺され程度の盛り上がりができており、それに赤子のような目鼻がついていた。つぶらな瞳がこちらを見つめていた。幼い頃に読んだ怪談に、人面疽と呼ばれる腫瘍がでてきたことがあった。強いて言えば似ているが、禍々しいかんじはない。かわいらしい、生まれたての何かだ。 ハジメマシテ 「やあ。こちらこそよろしく」 赤子の顔は少し微笑むと。私の体の中に潜り込んだ。私は赤子にノノ子と名付けた。体内で、ノノ子が根を伸ばしていくのが感じられた。同時に、ノノ子が生きる長くゆったりとした時間軸も流れ込んでくる。死地に赴く私にとってそれは安らぎとなった。寄生されているのではない。私たちは共に生きているのだ。
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