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◯
「ただの人間だと思ったら、あんなバケモンが釣れるなんて思いもしないだろう」
「でもよ、俺たちは一応あの狐狸よりは年上なんだぜ」
「へっ。あいつのせいで私たちは迷惑してたんだ。せいせいしたね」
「俺のおかげだろ」
「まあな」
夜更けの午後3時。
きっちゃんとタキチは公園のベンチに座り、互いの健闘を褒め称えていた。
自動販売機で購入したコーラ缶を片手に、なにも見えない夜空を見上げる。
きっちゃんは先程までのゴムボールの姿を戻し、女性の姿も変えて、最初のスーツの男に戻っていた。
「働いてたって、ほんとなんだな」
既に中身を飲み干したタキチは、きっちゃんに問いかける。
「当たり前だろ。嘘つくか」
「俺ぁ信じられないぜ。人間の作った箱の中で、さらにその限られた箱で生きるなんてよ」
「ビルの中の会社、な」
「なんでだ」
タキチの問いに、空の缶を潰してきっちゃんは答えた。
「わかんね」
「はぐらかしてんのか」
「馬鹿」
「しばらく会えないで、俺ぁ心配だったぜ。きっちゃん」
言われて、きっちゃんは頬をかく。
雄とも雌ともつかない二人だが、たしかな年月の紡いだ関係が二人にはあった。
「心配なのは、あっちだよ」
きっちゃんが見たのは、気絶して倒れた向かいのベンチに寝る女性。先程、ストーカーに追われて助けた女性だ。
「あれって、きっちゃんの同僚なんだろ。吉田さん」
こそばゆい感じがしてきっちゃんはタキチをこ突く。
「アホ。お前はきっちゃんでいいんだよ。知らねえな、こんな人」
「新入りで顔を覚えてねえとか」
「私が一番の新入りだ」
「あらら」
「どこかで聞いたような、見たような」
悩む二人に耐え兼ね、女性は体を起こした。
大分前から意識はあったのか、動作は滑らかなものだった。
「おはよう。いや、こんばんはか」
タキチの冗句にきっちゃんが頭をはたく。
「ご迷惑おかけしました。吉田さん」
きっちゃんは眉根をあげる。
吉田は会社で使っている偽名だ。偽の戸籍についていた名字になれるのは時間を要したが、確実にこの人間は同じ会社の同僚なのだろう。
「失礼。存じ上げませんが」
「こうすれば分かります」
おもむろに女性は自身の髪をひっつかみ、下ろした。すると、紙はずるりと抜ける。現れたのは、ウィッグ用の網を着けた頭皮だけだ。
突然のことに目を丸くする二人。だがきっちゃんは、髪を取ったことであることに気づいたのだろう。
「こ、こ、小竹さん?」
どうやら知り合いであったらしい。そして、会社で拝見する姿とはまったく違うことなのだろう。
「すいません。お恥ずかしながら」
「ど、どういうことですか」
きっちゃんの中では、小竹と言えばスーツの似合う美丈夫だった。それが、気弱そうな上品な女性に姿を変えていただなんて、誰が思うだろう。
珍しく取り乱すきっちゃんが面白くないわけないのだが、タキチも驚いて声がでない。
「女装というか、これが本来の私と言うか」
互いに顔見知りの二人を置いて、タキチだけは呑気に二人を見ていた。
「こりゃ、やられたな」
この三人がどうなったかは、また別の噺。
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