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数日経ち、神社での仕事を終えた之助の身体に、異変が起きていた。どうも熱っぽく身体がだるい。仕事に全てを捧げてきた男は、徹底した体調管理で40年間、これまで一度も身体を壊した事がなかった。そんな之助が仕事にいけないほどに体調を崩していたのである。これまでの仕事での疲れが祟ったのだろうか、それともなにか他に理由があるのだろうか。之助は考えたが、分からず、とりあえず病院にかかることにした。
「先生、どうなんです?ただの風邪ですよね?」
「はっきり申し上げますと、、癌ですね。それも末期の」
「そんな!」
「持って後、1ヶ月って所でしょう」
之助はその場で項垂れた。あと一ヶ月で人生が終わる。仕事のこともそうだが、他にやりたい事も色々あるかもしれない。それなのにあと一ヶ月だなんて。
之助は、体調が治ると、その病を隠しながら働いた。まだまだ未熟な同僚達に仕事を任せるのは不安であったし、彼らからの信頼も感じていての事だった。そうして、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。之助は残りの日々を贅沢に過ごしたかったので、出来るだけ豪勢な料理を食べるようになった。高級料理店へ出かけた。
そんなある日、高級料理店でいつも通り食事をしていると、カウンターの隣の席に若い女が座った。女は寿司をいくつか注文した後、之助に話しかけた。
「こういう店よく来るんですか?」
「えぇ、最近は」
「そうなんですね」
之助は、若い女と話す機会なんてこれまでほとんど無かったのでどう話していいのか分からなかった。しかも、女の顔を見ると、たまげたもんで、生まれてこの方お目にかかったこともないような絶世の美女だった。会話はそこで途切れ、お互いに黙ったまま食事をしていた。之助の食事が終わろうとする頃、また女の方から話しかけてきた。
「あの、あなたどこか悪いんですか?」
「えぇ。もう余命もわずかなんで、こういう高い店で飲んでるんです」
「そうだったんですね」
之助は、顔色が相当悪くなっていたし、以前より食が細くなり、痩せてきていた。赤の他人から見ても具合が悪そうな見た目になっていることは自覚していたので、彼女が病気に気づくことも不思議ではなかったし、之助は正直に答えた。
「私、いい医者知ってるんです。その人なら治してくれるかも」
「いや、もう末期で手の施しようがないんですよ」
「そうなんですか、、でも、」
女は食い下がらない感じで言い淀む。
「なにか?」
「じゃあ、私の家に来ませんか?」
「え?」
女は少し照れたようにそう言う。之助は少し迷ってから、彼女について行くことにした。もう人生が終わる。之助だって最後くらい楽しい思いをしたかった。
席たって、一緒に店を出ると、彼女のスタイルの良さが際立つ。和服を着ていて、足が長く見えた。首筋と足首から垣間見える肌は雪のように白く、透き通るようにきめ細やかだった。
「そのバンダナ、綺麗ですね」
「ああこれ。最近ある人から貰ったんです」
彼女は、足にバンダナを巻いていた。そのバンダナは、着物とは不釣り合いな模様で目立っていた。之助は、そのバンダナがあの狐に渡した物と似ているなと思った。
彼女について行くと、急に山道に入り、登っては下りを繰り返していく。真夜中の山道を行灯の光一つでずんずんと進んでいく。その足取りに迷いは無かった。
「こんな森の奥深くに家があるんですか?」
「ええ、もう少しです!」
彼女は振り向かずにそう答えた。その通りに少し山道を下ったあと、綺麗な明かりに照らされた村があった。里とも言うべきか、その里の一際大きな民家を彼女は指さした。
「あれが私の家なんです」
之助は家に向かいれられ、口を開けた。
「でもなぜ、私を招き入れてくれたんですか?」
「えっとそれは恥ずかしくて言えません」
女は照れながら首を振った。その仕草がとても愛らしかった。
「私に気があるんですか?」
つい私はそう直接的に問うてしまった。
「えっと、あの、はい。そうです、、あなたの事が気になっていて。良ければ私とここで暮らして欲しいなと思ったので」
彼女は恥じらいながらそう言った。だが、私にはひとつの疑念や思い残したこともあった。
「気持ちはとても嬉しいです。ですが残りの人生、故郷で暮らしたいと思っています」
「そんなっ、、!」
彼女は言葉を失って、本当に心底落ち込んだ顔をして俯いた。そんな彼女にどう言葉をかけていいのか悩んだ末に之助はこう言った。
「あなたが、私の家で暮らすことは出来ませんか?」
彼女はそれを快く快諾した。之助も彼女の表情や仕草を見る度に愛らしさを感じ、彼女の事が好きになっていった。
之助はそう言えば名前を聞いていないなと思い、後に自己紹介をした。彼女は洋子という名前らしい。之助は慎之助と名乗り、之助と呼んで欲しいと言った。
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